ROUND.16 対戦格闘ゲームの醍醐味

 それから暫くして、二回戦が始まった。

 相手はシングル大会で何度も優勝経験のある強豪二人組で、委員長も俺も呆気なく蹴散らされてしまった。


「悪ィ……情けない限りで……」

「そんなことないよ! 私なんて相手の人がわざわざ私のターンを作ってくれたのに、結局何も出来なかったんだから……」


 二人して思わずしょんぼりとしてしまう。やはり相手が誰であれ、敗北すると言うのはメンタルに来るもんだ。

 トーナメント表を進む相手のチーム名を見ながら、これで俺達の出番が終わったのだと痛感する。せめてもう一勝したかったが、難しかったかー……。


「伏見君。一緒にチーム組んでくれてありがとうね。植田君と組んでいたらもっと勝ててたかもしれないと思うと、本当に申し訳ないよ……」

「あっ、それはマジで気にしなくていいぞ。植田と組んでても、あの二人相手だと分からんわ」


 これは慰めでも何でもなく、本当の事だった。

 植田ならいざ知らず、俺ではまだあの二人には実力的に届かない。多分、良くて五回やって一回勝てるかどうかってところだ。だから本当に気にしないでくれよと念を押すと、委員長はようやく納得してくれたのか首を縦に振って頷いてくれた。


「大会はこれで終わりだけど、大会の後、二時間くらいフリープレイになるから遊んでいくよな?」

「もちろん! そう言えば、植田君はどうなってるのかな?」

「あぁ、植田。忘れてたな」

「忘れンなよォ! 泣くよ!?」


 声を荒げて植田がどこからともなく飛び出してくる。

 植田には目もくれずホワイトボードに視線を向ければ、植田の名前から引かれた赤線が先へ伸びていくのが見えた。成程、どうやら植田は順調に勝ち進んでいるらしい。


「植田君、勝ったんだね! 次の準決勝、応援するよ!」

「えっ! 本当!? 星ヶ丘ちゃんに応援してもらえるなら、もう勝ったも同然だよぉ~!」

「――あら、それは随分な自信ね?」


 へらへら締まりのない顔をする植田の後ろから、凛とした女性の声が響く。

 植田の背後に立つのは、ウルフヘアの黒髪が良く似合う、背の高い全身シュッとしたスマートなお姉さん――白百合しらゆりさんだった。白百合さんはこのゲーセンの常連で、かなり腕の立つブラカニプレイヤーだ。


「し、白百合さぁ~ん……冗談ですよぉ~!」


 植田がぎこちない動作で振り向いて、白百合さんの方を向く。


「冗談で勝ったも同然なんて言えるウエ君を相手にするのは、骨が折れそうだわぁ」


 全く困っていない様子で、白百合さんは大袈裟に困ったと繰り返す。

 ちなみにウエ君というのは、植田のエントリーネーム『ウエ』の事を指している。植田のダはどこにいったのかと聞いたら、ダサいのダだからリストラしたと豪語していた事がある。感性が独特すぎやしないか。


「んひぃー! スミマセン! ビックマウスしました勝負はその時まで分からないっス!」

「ふふっ、こっちこそ冗談よ。ウエ君の実力は分かってる。けれど、負けるつもりは無いからね?」

「うっス! 全力であたらせていただきやぁす!」


 背筋を伸ばした植田は、畏まった様子で白百合さんに敬礼をする。白百合さんはそんな植田を愉快そうに笑って、それから視線を俺達に向けてきた。正確には、委員長にだ。


「初めまして、委員長さん。あの水月、すごく良い割り込みだったわ」

「えっ、あ……っ! ありがとうございます!」


 委員長が勢いよく頭を下げる。

 さすが白百合さん。委員長の対戦をちゃんと観察していたんだな。


「いいのよ、そんな畏まらなくても。見たところ、このゲームを始めたばかりみたいね」

「はい。本当に先週、初めて触ったくらいなんです」

「まぁ! それで大会に出てくれるなんて、とても嬉しいわ!」


 合わせた手の指先を口元に当て、白百合さんは花が咲いたようにぱあっと笑んだ。白百合さんの隣にやってきた、白百合さんの友人達もキャッキャと黄色い声を上げて、委員長という新規勢の登場に喜びを露わにしている様子だった。


「私達、頻繁にここでブラカニしているから。気楽に話しかけて頂戴な。仲間内にはミナヅキ使いの子もいるし、きっと頼りになると思うわ」

「ありがとうございます! ブラナイのお話が出来たら嬉しいです……!」


 嬉しそうに微笑み、委員長は会釈した。

 この、今まで繋がりの無かった他人と共通のゲームで繋がれるという経験。これもまた、対戦相手と言う他人と関わる対戦格闘ゲームの醍醐味の一つなのではなかろうか。

 立ち去る白百合さん達に、次の試合、頑張ってくださいとエールを送る。隣で植田が何か言いたげな顔をしているが、気にしてはいけない。


「私、ゲーセンの知り合いが出来るって経験が無いから、嬉しいな」


 白百合さん達の姿をどこか熱っぽい瞳で見つめながら、委員長がぽつりと呟く。

 音ゲーの知り合いはいないのかと尋ねると、音ゲーは友人達と遊ぶから、ゲーセンで新たな知人が生まれることは無かったのだと言う。


「ブラナイを好きになったばかりだから、いろんな人から話を聞けるようになったら嬉しいな!」

「おう。白百合さん達は人となりも良いプレイヤーだから、きっと攻略面もキャラ萌えも話してくれるさ」

「うん! 今度は自分からも話しかけてみるよ!」


 前向きな委員長の姿に、こちらまで元気が出てくる。

 ブラナイが委員長にとってプラスの存在になっている事が、ブラナイ好きとして誇らしく感じられるのだった。

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