ROUND.02 委員長、初めての格ゲー体験

 委員長が選択したミナヅキは、ロングソードと水を操る異能が武器の中距離型スタンダードキャラクターだ。キャラランク的には中の上と言ったところか。使い手の実力次第で上位キャラを十分に喰える良キャラといった評価を受けている。


 ……まぁ、委員長がミナヅキを気にする理由は、こんなゲーム性やキャラ性能云々ではないのだが。


 所々に青で模様が刺繍された、白を基調としたロングコート。整えられた短い金髪に碧眼の似合う顔をしたイケメンキャラクター。それがミナヅキだ。若手人気声優を声帯に持ち、何かと描き下ろしイラストが用意される場面が多い事から、公式的にも推したいキャラである事が伺える。


「伏見君! これ、選べるみたいなんだけど、何か違うの?」

「ン? あぁ、操作スタイルな。初めてなら『オートマチック』だな」

「ありがとう!」


 いつからか、格ゲーは二種類の操作方法が用意されているのがデフォルトになっていた。ブラナイも例外ではない。

 従来のコマンド入力による操作スタイル『マニュアル』と、ボタン連打でコンボが繋がり、キー入力とボタンの組み合わせで必殺技が出せる『オートマチック』が搭載されている。


 初心者向けに作られた操作方法も、今ではプレイの際のスタンダードな選択肢の一つとして親しまれている。この操作スタイルで天下を取るプロもざらに存在しているくらいだ。

 因みに俺は『マニュアル』タイプを好んでいる。どっちも試したが、ガチャガチャ入力してる方が俺の性に合っていたのだ。


 委員長の操作するミナヅキが画面上で跳ねている。

 そう、初めてのレバー入力では、前に歩く事すら難しい場合もある。歩きながら敵に近付き、ぺちぺちぺち。いやぁ、良いな。微笑ましい。


「連打するとコンボ繋がるぞ」

「コンボ? ……!」


 ちょうど必殺技を出す為のゲージも溜まっていたので、連打コンボの締めに派手な技が出た。演出面にも気合が入ったゲームなので、是非ともそういうところも見てもらいたい。


 しかしいくら連打だけでコンボが繋がるとは言え、初心者にはやはり難しいのが格闘ゲーム。

 全八ステージ中、五ステージに入った辺りで躓きだす。どうにか1ラウンドは取ったのだが、立て続けに2ラウンド取られてしまい、残念ながらゲームオーバーを迎えてしまった。


「あー……、負けちゃった」


 無慈悲なゲームオーバー画面を前にして、委員長が残念そうに笑う。

 そのどこか寂し気な笑みを前にして、俺の中の格ゲーマー魂が叫び出す。駄目だ! 初めての格ゲー体験をこれで終わらせちゃいけねぇ!


「委員長、ちょっと良い?」

「うん、良いけど……」


 画面上で刻まれるカウントがゼロになる前に席を変わってもらい、俺は百円玉を投入した。

 クレジット投入音が鳴ると同時にボタンを押す。キャラ選択画面に戻るが、そのままミナヅキを選択。操作方法を『マニュアル』にして、五ステージ目からの再開となる。そう、コンテニューだ。


「折角だからエンディング見てけよ。ミナヅキのエンディング、結構絵が良いんだ」

「そうなんだ! 伏見君、クリアー出来るの?」

「まぁ、任せとけって」


 何を隠そうミナヅキは俺のサブキャラで、CPU戦だって家で何度もこなしている。負ける要素が無いって奴だ。

 折角だからと練習中のクソ長コンボも試してみるが、途中で落としてしまって少し恥ずかしい。だが、練習してきたリーサルコンボはばっちり決まった! 条件付きゲージ全消費のド派手演出の『和風絶命技』も決められて、ミナヅキの顔が画面にでかでかと映し出される。


 ちらりと背後の委員長を見れば、画面にくぎ付けになっている様子が見れたので、心の中でガッツポーズをしておく。


 順調に進んで八ステージ目に待ち受けるボスを倒し、無事にエンディングを迎える。殺し合う定めにある十二人の少年少女と、彼らを取り巻く大人たちの血生臭くも青臭い物語が展開されていく……。

 ブラカニはブラナイの続編作品なので、シナリオ面は正直初見じゃ分からないだろうが、ミナヅキの顔の良さと声はこれでも堪能できただろう。


 スタッフロールが流れて、俺は席を立って委員長の横に移動する。画面を見ていた委員長は目を爛々とさせながら、俺に視線を向けた。


「伏見君すごいよ! ミナヅキって、こんなにカッコ良い動きするんだね……!」

「お、おう」


 俺に言われたわけではないと分かっていても、カッコいいという言葉に動揺してしまう。分かっている。俺じゃない。画面の中のミナヅキがカッコいいんだよ……!


「伏見君、このゲーム詳しいみたいだからちょっと聞きたいんだけど、これって家庭用出てるのかな?」

「ああ、絶賛発売中だな」


 詳細を教えようとしたところで、通路側から委員長の名前を呼ぶ声が響く。一緒に遊びに来ていた友人が、委員長を探しに来たらしい。


「ちょっと待ってて~! ……伏見君、連絡先、交換してもらっても良いかな? このゲームの事、私にもっと教えて下さい!」


 ブラナイの事を教えるのは構わないけど、連絡先交換だって!?

 戸惑いながらも委員長を待たせちゃ悪いと思い、スマホを取り出しメッセンジャーアプリのアドレス交換をさくっと行う。


「ありがと! また後で連絡するね!」

「おうよ」


 ぶっきらぼうに返事をする事しか出来ない自分が恨めしいぜ……。

 今まで女性の連絡先なんて、母と姉と先輩くらいしか登録していない。そこに忽然と加わったクラスメイトの女子の名前に、現実味が持てないでいる。


(……まぁ、取り合えず、ブラカニするか)


 見れば人も増え、対戦台も盛況となっている。

 百円を握り締め、俺は気持ちを切り替えて戦場へ向かった――。

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