真夏のミイラと吸血鬼
「ようこそおいでくださった。妖怪ホームズ殿」
「いえいえ、これが仕事ですのでお気になさらず。それと、僕の名前は
「外は暑かったであろう? 飲み物を用意させる」
「お気遣い、どうもありがとうございます」
「この辺りは美味い氷を作る工場があるからな。それをたっぷりと入れさせよう」
「助かります。それで、ご依頼の件ですが……」
「ああ……。ここから近くの浜辺でミイラ化した女性の遺体が発見されたのだが。どうもおかしいということでな」
「まぁ、日本の夏の湿度だと、死体のミイラ化はまずあり得ませんしね……」
「我も警察にそう言われたのだ。だが、この気候の中でミイラ遺体を作る方法など、我にも思い当たらない。アリバイは提示したのだが、やはり無関係と認めるには弱いらしい」
「問題の浜辺までは車で五分ほど。吸血鬼であるあなたの羽をもってすれば移動も容易い、と。まぁ、警察の主張もわからないでもない」
「……この事件、妖怪ホームズ殿なら解決できるであろう?」
「今すぐ肯定はできませんがね。できる限り協力はしますよ。まずはミイラの状態からお聞きしても?」
「ああ。ミイラは全身が完全な状態で、旅行客の一人によって偶然発見されたそうだ。衣服を着たまま、カラカラに乾いた女性の遺体だ。我も遺体の写真を見たが、我の死なぬ女性なのは間違いない」
「ふむ。カラカラに乾いた女性ミイラですか。それであなたに白羽の矢が立ってしまった、と」
「いくら我が吸血鬼とは言え、相手が干からびるまで血を吸うことなどあり得ん。相手を殺してしまっては、我らにとっては将来的な血の提供者を減らすことになるのだからな。警察にはそれを伝えたのだが……」
「それはわかりますよ。人間である我らからすれば、美味しいリンゴが欲しいからと、木を根元から切って持ち去るようなものですから」
「この湿気の中、このような死体を用意するなど可能なのだろうか」
「そうですね。いくつか条件がそろえば。この辺りに干物を作っている業者はありますか?」
「干物業者とな? まぁ、海辺の町だからな。いくつか心当たりはある」
「そうですか。それならよかった」
「……土産でも買いたいのか? 確かにここいらで作った干物は美味いと評判だが――」
「いえいえ。ちゃんと事件解決の手掛かりを探るための質問ですよ?」
「人間を干物にしたとでもいうのか? 薄べったい魚の開きではないのだから、その方法でミイラは作れなかろう?」
「生のままの死体なら、確かに無理でしょう」
「と、言うと?」
「空冷式の冷蔵庫をご存じですか? 家族向けの大型の冷蔵庫なら、たいていこちらなのですが」
「それくらいは我も知っている。うちにもあるからな。だが、それがこの事件とどう関係するのだ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。これは事前知識の確認で、種明かしの前の前座みたいなものですから」
「……そういうことなら話を聞こう」
「ありがとうございます。それで、空冷式の冷蔵庫を使っていて、野菜のミイラができたことはありませんか?」
「ああ……。確かにそのような経験はある。なぜそうなるのかはわからないが……」
「あれは、野菜が長い時間風に晒されることで起こる現象なのですが、実は生の野菜よりも、凍った野菜の方がミイラ化しやすいんですよ」
「どういうことだ?」
「冷凍によって細胞膜が壊れるので、水分が抜けやすくなるんですよ」
「……なるほど。理由を聞けば、確かに理屈は通っているな。いや、待て。貴殿は今回に事件も同じ方法で行われたと、そう申すつもりか?」
「はい。ここに来た時に、あなたは言っていましたよね? この辺りには美味い氷を作る工場がある、と。美味い氷、すなわち透明度の高い氷というのは、凍らせるのに長い時間をかけて氷の中に気泡が入らないようにすることで、きれいな透明になる訳ですが。……と、これは余談でしたね。つまり私が言いたいのは、大量の氷を作るのだから、大きな冷凍庫があるのは不自然ではありません。そこに遺体を入れておけば、まずは冷凍遺体の完成です。そして、その冷凍遺体を干物用の乾燥室に放置すれば――」
「この高湿の気候でもミイラを作ることは可能……と」
「あくまで理論的には、という話ですがね? 僕は死体発見現場もご遺体も、それぞれの工場も見ていないので」
「い、いや! そこまでわかれば警察への弁論もはかどるだろうと言うもの! さすがは妖怪ホームズ殿だ!」
「いえいえ、
「失礼します、旦那様。お客様のお飲み物をお持ちいたしました」
「ご苦労。だが、もう用件は済んでしまったな。妖怪ホームズ。噂に違わぬ切れ者よ。ああ、そうだ妖怪ホームズ殿! よかったら家で昼食をいかがかな? ご馳走するぞ?」
「あの……。だから、僕の名前は
妖怪ホームズは怪異殺人の夢を見ない 源朝浪(みなもとのともなみ) @C-take
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