エピローグ―記録の終わりに
ページを閉じる音が、酒場の喧噪に紛れて消える。
魔導書は静かに沈黙し、私はしばらく彼の背中を眺めていた。
桶の水に手を突っ込み、泡を散らし、皿を洗う。
それだけの行為。
勇者でも魔王でも救世主でもない、誰の記録にも残らないはずの時間。
けれど――私は記してしまう。
“モブ勇者、皿を洗う”
◇ ◇ ◇
観測局を離れたのは、偶然ではない。
役割を逸脱した因子を前に、ただ黙って消去することに疑問を抱いたから。
彼のような“在り方”が、本当に矛盾なのかどうか。
確かめたかった。
結果、世界は壊れかけ、初期化も崩壊もすり抜け――それでも続いている。
彼が「モブとして生きる」と言ったから。
その一言が、すべての観測記録を覆した。
私はそれを“記録不能”として片付けることもできた。
だが、今は違う。
ページにきちんと残している。
◇ ◇ ◇
「……あなたはおかしい人です」
思わず小さく呟く。
それは観測者としての冷たい感想のはずだった。
なのに、ほんのわずかに唇が緩むのを、自分でも気づいてしまった。
◇ ◇ ◇
魔導書の最後のページを閉じる。
観測者としての役割は、ここで終わり。
ただの少女として、この世界を歩いていく。
皿洗いモブと同じ舞台で。
物語に記されない余白のなかで。
◇ ◇ ◇
――記録終了。
異世界転生はモブで行く!~成り上がらない英雄譚~ 空錠総二郎 @amemie
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