第49話 残された舞台

観測局の“目”が崩れ、世界は軋みながらも辛うじて形を保った。

けれど、その景色はもう元の街ではなかった。

市場は半分だけ色がつき、酒場は輪郭だけの線画になり、通りを歩く人々は紙片のように透けていた。


――ここは、本当に“生きている世界”なのか。


◇ ◇ ◇


「……舞台装置みたいだな」

リュカが吐き捨てる。

「俺たちはまだ芝居の最中で、客席も脚本も残ってやがる」


「でも、観測局の目は……消えたよな?」

僕は周囲を見回す。


魔導書少女が本を閉じ、冷ややかに告げた。

「いいえ。完全に消えたわけではありません。

観測は続いています。ただ――“記録不能”と刻まれただけです」


「つまり……消えもしないし、確定もしない。

そんな世界に僕らは残されたってわけか」


胃の奥がきゅうっと縮む。

不安と、安堵と、よくわからない感情がごちゃまぜになった。


◇ ◇ ◇


勇者候補たちがよろめきながら牢から出てきた。

「……俺たちは……まだ存在してるのか?」

「勇者じゃなくなった俺たちに、居場所はあるのか?」


リュカは静かに彼らを見つめ、低く言った。

「役がなくても、生き残ったんだろう。

だったら……生きてみろよ」


その言葉に、候補たちの顔にかすかな光が戻った。


◇ ◇ ◇


僕は深いため息をついた。

皿洗いモブでいたいだけだったのに、気づけば勇者候補や魔王候補と並んで世界を救ったらしい。

……いや、救ったのか? 胃が痛いだけで、まだ実感が湧かない。


魔導書少女は記す。

“舞台は残った。役割なき者たちが歩く舞台”


そしてちらりと僕に視線を寄越す。

「次に動くのは――あなたです」


「ちょ、ちょっと待って!? 僕はもう十分目立ったから!

舞台袖に帰りたいんですけど!」


◇ ◇ ◇


白と黒が入り混じる世界の中で、僕たちは立ち尽くした。

舞台は崩れかけ、それでも確かに残っている。

その上で、皿洗いモブとして生き続けられるのか――。


◇ ◇ ◇


次回、「モブとしての終幕」


お楽しみに。

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