第34話 観測局収容施設への潜入
勇者候補たちは“存在しなかった”ことにされた。
だが実際には――観測局の施設に収容されている。
その噂が真実なら、放ってはおけない。
……いや、放っておけないのはヒーローの台詞だろう。
僕はただのモブ。
だけど、同盟を結んだリュカや、皿洗い仲間たちを見捨てられるほど冷たくもない。
◇ ◇ ◇
「潜入するしかない」
リュカが言った。
「彼らを助けるつもりはない。ただ……次に捕まるのは俺かもしれないからな」
「動機が自己防衛ってところが、いかにも魔王候補だな……」
魔導書少女は、隅で淡々と書き記す。
“潜入計画開始。対象:モブ勇者、同行予定”
「勝手に予定に入れるな!」
……ちなみに僕は桶を店に置いてきた。
潜入に持ち込む勇気はなかったし、何より音を立てそうで怖い。
代わりに手が落ち着かず、ずっと何かを抱えていたくなる。
まるで禁煙した人みたいだ。
◇ ◇ ◇
施設は街の北外れにあった。
かつて修道院だった石造りの建物。
窓は鉄格子で塞がれ、夜でも光が漏れてこない。
静かすぎて、逆に不気味だった。
「観測局は、表に出ない組織ですから」
魔導書少女が囁く。
「外からは廃墟に見せかけ、中では記録と調整を行っている」
リュカは剣の柄に手を置き、目を細める。
「入るぞ」
◇ ◇ ◇
裏口から忍び込むと、中はひんやりとした空気に満ちていた。
壁には無数の巻物や本が積まれ、どれも光を放っている。
それらは全部、観測記録なのだろう。
「……気をつけろ。記録は生きている」
リュカの言葉と同時に、巻物のひとつが勝手に開き、文字が蛇のように飛び出した。
「わわわわわ!? 紙が動いた!」
鎖のような文字列が僕の腕に絡みつこうとした瞬間、
魔導書少女が手をかざして遮断する。
「落ち着いてください。これはただの防衛反応です」
“対象:モブ勇者、侵入確認。観測局、対応開始”
――いやいや、もうバレてるじゃないか!
◇ ◇ ◇
奥の牢の前にたどり着くと、そこには薄暗い中で膝を抱える人影があった。
勇者候補たちだ。
顔は青ざめ、目は焦点を失っている。
「……彼らは?」
「記録から切り離された存在。
歴史に居場所を失った人間は、やがて自我をなくす」
少女の声は冷たかった。
リュカが拳を握りしめる。
「こんなことを……黙って見過ごせるかよ」
桶の代わりに握った拳が汗でじっとり濡れていた。
僕は叫びたい気分だった。
――だからって、なんで僕まで潜入してんの!?
◇ ◇ ◇
次回、「記録を喰らう番人」
お楽しみに。
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