第23話 聖剣とモブの握手

聖剣ルミナス。

その刃は光を放ち、柄には青い宝石が埋め込まれていた。

「真の勇者」に選ばれるのは、この剣を引き抜いた者だけ。

……と、勇者ギルドは大げさに宣伝している。


そして今、その前に立たされているのが――よりにもよって僕だった。


◇ ◇ ◇


観客の熱気は最高潮。

「モブ勇者!」「抜けーっ!」と声援が飛ぶ。

いやいや、モブ勇者って呼ぶな。僕はモブでいたいんだ。


手のひらに汗が滲む。

柄に触れるだけで、心臓が爆発しそうだった。


「……おかしい人ですね」


はい、耳元で例の魔導書少女の声。

観客席からなのに、どうしてか囁きが聞こえる。

「抜けても抜けなくても、歴史は動きますよ」

縁起でもないことを言うな!


◇ ◇ ◇


意を決して柄を握る。

……すると。


ガコンッ!


あっさり動いた。

「うわああっ!?」

僕は慌てて手を放した。


剣は半分ほど浮き上がり、鈍い音を立ててまた元に戻った。


会場はざわめきに包まれた。

「動いたぞ!」

「モブ勇者が選ばれた!」

「いや完全には抜けてない!」


◇ ◇ ◇


ギルドの使者が大慌てで駆け寄る。

「記録に残すな! これは……一時的な反応だ!」


慌てれば慌てるほど、観衆の期待は膨らむ。

「やっぱり勇者だ!」

「伝説が始まった!」


……やめろ。僕はただの皿洗いだ。


◇ ◇ ◇


夜。

酒場に戻った僕は、泡だらけの皿を見つめていた。

すると、ヴァルドが酒を片手に近づいてきた。


「お前……本当に引き抜きかけたんだな」


「偶然だ! 滑ったんだ!」


「ふっ……まあ、どっちでもいい。勇者ギルドは黙ってねえぞ」


◇ ◇ ◇


カウンターの隅。

魔導書少女は本を閉じ、淡々と呟いた。


“モブ、聖剣と握手。観測済み”


……握手って書くな。


◇ ◇ ◇


次回、「聖剣を狙う者たち」


お楽しみに。

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