第20話 モブの前に現れる“魔王候補”
勇者が増えすぎて渋滞しているなら、魔王も例外じゃない。
昨日は八人生まれたって話を聞いたし、今日もまた誰かが「新魔王の誕生だ!」と騒いでいた。
数が増えれば希少価値は下がる。
勇者も魔王も、まるで量産型のタイトル。
――そんな中で、僕はとんでもない出会いをした。
◇ ◇ ◇
市場の裏道。
荷物を運んでいた僕の前に、一人の青年が立ちはだかった。
漆黒のマント、額に小さな角、手には古びた杖。
けれど、目はどこか怯えていた。
「……あんたが、“モブ勇者”か?」
「いや違う違う! 僕はただの皿洗い!」
「はは……やっぱり、そう言うんだな」
青年は苦笑した。
「俺は“魔王候補”だ。だけど、戦う気なんかない。
むしろ逃げたいんだ」
◇ ◇ ◇
話を聞けば、彼の名はリュカ。
村に生まれた瞬間に“魔王の印”が刻まれ、勝手に魔王候補にされてしまったらしい。
「勇者やギルドは俺を狙ってる。
魔族だって“次の王”と持ち上げる。
でも、俺はただ、普通に生きたいだけなんだ」
彼の声は震えていた。
昨日の聖女と同じだった。
肩書きに縛られ、命を削られる存在。
勇者、聖女、魔王。
結局みんな、舞台の光に潰されていく。
◇ ◇ ◇
「なあ、モブ勇者」
リュカが僕をまっすぐ見つめて言った。
「お前みたいに“モブ”として生きる方法、俺に教えてくれないか?」
……いやいや、僕だって教えてほしい側なんだけど!?
◇ ◇ ◇
「おかしい人が、また一人増えましたね」
はい、魔導書少女です。
いつの間にか後ろに立っていた。
「魔王候補が“モブ志願”ですか。観測価値があります」
彼女は本にさらさらと書き込む。
“魔王候補、モブ志願を表明”
「だから書くなってば!」
◇ ◇ ◇
夜。
リュカは
勇者や冒険者たちの喧騒の中で、彼はマントを隠し、目立たぬようにしていた。
「こうしてると楽だな。誰も俺を魔王とは思わない」
「だろ? モブって便利なんだよ」
僕が皿を差し出すと、リュカは小さく笑った。
魔王候補でさえ、モブでいられる瞬間がある。
それが少しだけ救いに思えた。
◇ ◇ ◇
次回、「転生者の中の裏切り者」
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます