第13話 「モブが拾った勇者の落とし物
モブの一日なんて、だいたい単調だ。
市場で荷物を運び、酒場で皿を洗い、夜は布団にくるまって寝る。
英雄譚には一切出てこない日常。
でもその日は――ほんの一つの落とし物で、少しだけ物語が揺れた。
◇ ◇ ◇
椅子の下で、金属の小さな音がした。
「ん?」
拾い上げてみると、それは細身の剣の柄飾りだった。
銀色に輝き、中央には青い宝石。
ただの装飾にしては妙に凝っていて、見るだけでゾワリとするような魔力の気配があった。
◇ ◇ ◇
「……それ、勇者の剣の一部じゃないですか?」
背後から声。
酒場の給仕の青年が、目を丸くして僕を見ていた。
「勇者の……?」
「昨日ここで宴会してた勇者一行が、確かにそんな剣を使ってました。
“聖剣ルミナス”って呼ばれてるやつですよ」
僕は固まった。
勇者の象徴、聖剣。
その部品が酒場の床に転がってるってどういうこと!?
◇ ◇ ◇
持ち主を探すべきか?
でも、勇者のもとに直接持って行くなんて危険すぎる。
下手をすれば「盗んだ」と疑われ、武勇伝の“見せしめ”にされかねない。
かといって隠しておくのもまずい。
もしこの剣の力が無くなったら――勇者の戦いに影響する。
いや、それはそれで歴史が少し揺れるかも……?
頭を抱える僕に、隣からぼそりと声。
「また妙なものを拾いましたね」
魔導書少女だ。
もう驚かない。気付けばいつもそばにいる。
「それ、ただの落とし物ではありませんよ」
彼女は本を開き、冷たい目で僕を見た。
「勇者の象徴が欠ける。それは“勇者神話”にヒビが入るということです」
◇ ◇ ◇
その晩、勇者ギルドからお触れが出た。
「勇者の聖剣が損傷したとの噂は虚偽。
聖剣は完全無欠である」
虚偽?
いや、現物は僕のポケットにあるんだけど。
勇者ギルドは必死に“完全無欠の勇者”を演出しようとしている。
モブが拾ったこの小さな飾り一つで、神話が揺らぐことを恐れているのだ。
◇ ◇ ◇
「どうします?」
魔導書少女が問いかける。
僕は柄飾りを見つめ、しばらく黙った。
答えは出ない。
でも、心の奥でひとつだけ理解した。
――モブの拾い物が、歴史を左右することもある。
それは決して望んだ役割じゃない。
けれど僕は、また一歩、物語の深い場所に足を踏み入れてしまった。
◇ ◇ ◇
次回、「勇者死亡ニュースとその真相」
お楽しみに。
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