第12話 転生者ギルドの裏事情

勇者ギルド、魔王軍、賢者の塔――この世界はやたらと看板組織が多い。

そのどれもが表舞台に立つための場所だ。

けれど、表があれば裏もある。


転生者だけが出入りできる秘密の寄り合い所――転生者ギルド。

そこは英雄でも悪役でもなく、ただの「余所者」として生きる者たちの集まりだった。


◇ ◇ ◇


案内してくれたのは、愚痴大会にも来ていたスーツ姿の女性転生者。

彼女の名はミナト。元・会社員で、今は自称「列整理コンサル」。

どうやら顔が広く、転生者ギルドのまとめ役の一人らしい。


「勇者ギルドの看板に寄りかかる気がない転生者は、だいたいここに顔を出すの」

「つまり、勇者不合格組?」

「……まあ、言い方は自由にどうぞ」


彼女は肩をすくめて扉を押し開けた。


◇ ◇ ◇


酒場金獅子亭の裏手。

普段は倉庫にしか見えない小屋の中、転生者たちが十数人集まっていた。

壁には簡素な掲示板。


「ステータスウィンドウの不具合報告」

「魔力切れはブラックアウトの前兆」

「召喚アイテム転売禁止」

「勇者パーティ勧誘に注意」


まるでネット掲示板を現実に持ち込んだような落書きの数々。

見渡せば、学生服のままの少年、作業着の男性、パーカー姿の女性――どこか現代日本の空気をまとった人間ばかり。


勇者や聖女みたいに眩しいオーラを放つ者はひとりもいない。

ここは本当に、モブの吹き溜まりだった。


◇ ◇ ◇


「議題は……行方不明者についてだ」


机の中央に座った壮年の男が口を開いた。

元・警察官らしい雰囲気で、視線に鋭さがある。


「勇者に召し上げられた転生者の中で、半年以内に三割が消息を絶っている」


ざわめきが広がった。


「事故じゃなく?」

「魔王軍にやられたんじゃ?」


「違う」

壮年の男は首を振る。

「ギルドが“記録そのもの”を抹消している。勇者の名声を保つためにな」


空気が凍り付いた。

僕は思わず喉を鳴らす。


勇者ギルドは英雄を量産する。

だが、その裏で“失敗作”は消されていく――?


◇ ◇ ◇


「信じるかどうかは自由だ。だが、俺たちは残す」

壮年の男は掲示板に書き加えた。

“勇者失踪者リスト”


そこにはいくつもの名前が並んでいた。

聞いたことのある名も、初耳の名も。

確かに、表の歴史には載らない影が、ここに記録されていた。


◇ ◇ ◇


「……どう思いました?」


背後から小声。

魔導書少女が、いつものように現れていた。

気配を消して潜んでいたらしい。


「やっぱりあなたは観察に適しています。

モブは、表にも裏にも足を踏み入れられる。

主役でも悪役でもないからこそ、誰も気にとめない」


「……褒められてる気がしないんだよな」


「観測報告です」


彼女は無表情でノートに記した。

“転生者ギルド、裏事情観測完了”


◇ ◇ ◇


集会が終わり、人がはけていく。

最後に残った張り紙が目に入った。


「次回の集会は中止。勇者ギルドの監視が強まっている」


やはり安全な場ではないらしい。

モブの寄り合いすら、舞台の光に晒されれば消えてしまうのだ。


僕はため息をつき、泡だらけの手を思い出した。

……やっぱり皿洗いのほうが気楽だな。


◇ ◇ ◇


次回、「モブが拾った勇者の落とし物」


お楽しみに。

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