第43話 前夜祭 ― 最後の乾杯
夜の赤梅センター。
祐也とタケルは、アオイの部屋を訪れていた。
扉を開けると、リビングには大型スクリーン。スポンサーのスポーツドリンクCMが流れていた。
「セレスティア如月アオイ新キャンペーン開始! 先着三百名にハンドタオルをプレゼント!」
画面には笑顔のアオイが登場し、キスマークつきタオルを振ってみせる。だがその実態は——部屋の片隅で内職をしているアキラだった。
「おいアオイ…このバスケ部上条に、いったい何をやらせてるんだ」祐也が眉間に皺を寄せる。
「えっ!この体育会系のアンドロイドって、お前たちの学校の生徒?なんでリップつけんだよ」タケルが爆笑する。
「僕のアキラは今、僕の代わりに仕事してるの」
「なんか気の毒だよな。アキラ」
「アンドロイド虐待だ」
「よし、あと二十枚。……これで三百」
アキラは唇をリップで染め、ひとつひとつタオルに押しつけ袋に入れていく。その手際は完全に職人のようだ。
ジャグジーの湯気の中で寛ぐアオイが肩をすくめる。「ほらね、僕の唇が荒れたら商品にならないだろ? だからアキラ担当」
タケルが呆れた声を漏らす。「自由だな、アイツ……」
「絶対、本物の晃はそんなことしないぞ。俺の友達だけど 」
祐也も同級生にそっくりなアンドロイドの様子に、思わず顔をしかめる。
やがてアキラが袋を整え立ち上がった。
「では、会場に届けてまいります」
「行ってらっしゃい」アオイが軽く手を振る。
アキラは荷物を抱えて退出した。
室内に三人だけが残る。アオイが真顔に戻り、声を潜める。「——いいか、当日。教官たちがこの“特製ドリンク”を飲んだら、トイレに駆け込む。その隙にナノシートを起動させアバターを動かす。俺たちは“空席”のまま抜け出すんだ」
タケルが頷く。
「ロンが通路を加工してくれるんだろ?」
「そう。監視カメラには俺たちの姿は映らない」
祐也は口を開く。
「万一俺たちが捕まったらどうする」
「俺らは誘拐されそうになったことにする」
アオイはソファ横のバッグを示した。
「もし,そうなっても隼人のノートとブレスレット。これだけはジンたちに託す」
重苦しい沈黙。祐也はバッグに手を置き、深く息を吐いた。——ここから先はもう、後戻りできない。
「……わかった。最後までやり遂げる」
アオイはグラスを掲げ、笑顔を作った。
「じゃあ、乾杯だ。前夜祭っぽくね」
三人は小さくグラスを合わせた。
湯気の奥、ジャグジーで揺れるアオイの影。それは、明日を境に失われる平穏の最後の幻のようだった。
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