第27話 魔王の息子、村人を拾う

「パウロ、兄ちゃん……俺、まだドレイクのこと好きなんだ。」


喉が詰まって、言葉が震える。

「でも、俺の親父や兄弟を殺したのも、あいつなんだ。

 ――だから、許せない。」


目の前がにじむ。

「俺、自分でもよくわかんないよ。

 好きなのか、憎いのか。どっちなんだろう。」


兄ちゃんが、俺の背中をさすってくれた。

その手の温かさが、少しだけ心を落ち着かせる。


「ギール……すまん。

 本当は“お前のやりたいようにやれ”って言いたいけど、

 それじゃあ軽すぎる言葉だな。」


パウロに目を向ける。

この街を守って、俺たちを救った男。

どうしようもなく頼りたい存在。


「パウロ……どうすればいい?

 あいつを許すには、どうしたらいい?

 それとも、もう距離を置くしかないのかな。」


パウロは無言で立ち上がると、俺の頬を――


パアン、と叩いた。


「ギールさん。なんでもかんでも、

 私が答えを知ってると思わないでください。

 私の力でどうにかなるなら、あなたたちにこんなこと言いません」


「……!」


「あなたに教えられることなんて、

 もうとっくにありません。


 でも――“こういうときにどうすればいいか”

 だけは、最初に教えたでしょう?」


……そうだ。


忘れてた。

俺がパウロから最初に教わった、

一番大切なこと。


“祈り”だ。


俺は、手を組んだ。

目を閉じて、静かに祈る。


「ギール! なに祈ってんだ!そんな無意味な――」

兄ちゃんの言葉を、パウロが優しく遮る。

「今は、黙っててあげてください。」


(俺はまだドレイクのことが好きだ。

 でも許せない気持ちもある。

 ――どうすればいい?

 俺はどうしたい?)


少し目を開ける。


倒れた建物。

瓦礫の向こうでは、もう復興が始まっている。

その中に――パウロが、八人いた。


(いや、分身多すぎだろ……。)


遠くからはステラの声。

あのうるさい声が、なぜか懐かしい。


幼稚園の子供たちの顔が浮かぶ。

(あいつら、生意気だけど……可愛くて好きなんだよな。)


自分でも笑えてくる。

――好きと、ムカつくが、同居してる。


あれ?

もしかして……。


「兄ちゃん、パウロ。わかったよ。」


2人が俺を見る。


「俺、ドレイクのこと許せない。

 でも、ドレイクのこと救いたい。


 ――たぶん、“許せない”と“好き”は、

 両立できる感情なんだと思う。」


パウロが、ふっと笑った。


「ギールさん、いいこと言いましたね。

 実は私も同じことを思っているんです。


 私には“シルビアちゃん”というキャバクラの子がいてですね。

 彼女は毎晩、私に高い酒を要求してくるんですよ。

 たまにイラッとしますが……それでも、私は毎日通っているんです。


 そう。あなたの感情も、それと同じなんです。」


「いや違うだろ。」


理屈は合ってる。

理屈は。

……でも納得はできない。


……ドレイクのことが、急に不安になった。

たぶん、あいつは――俺のことを。


「兄ちゃん、パウロ、ごめん。俺、行く。ドレイクを探しに行ってくる!」


「おい待て! ギール、話はまだ――」


「まぁまぁ、いいではないですかお兄様。

 私たちがやるのはアフターケアの準備です。

 早速、あなたが持っている魔族の技術を教えてもらいましょうか?」


「え、いや、それは――」


「さっき“なんでも教える”って言いましたよね。ね。ね。」


……背後でパウロに絡まれる兄ちゃんを置き去りにして、

俺は駆け出した。



「はぁ、はぁ……!」


ドレイク。間に合ってくれ。

あいつが今やろうとしていること――なんとなく分かってしまう。


家の前にたどり着く。

けれど、そこにドレイクの姿はなかった。


「くそ……!」


俺は急いで街の人に声をかけて回った。


「ライトル! あいつ見なかったか!?」


「いや、見てねぇよ。」


「そうか……悪い。」


立ち去ろうとした俺の背に、ライトルの声が届く。


「なぁ、ギール。あいつのこと、ちゃんと愛して叱ってやれよ。」


「言われなくても、そのつもりだ。」



街は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

瓦礫が片づけられ、空気が澄んでいく。

けれど俺の胸だけがざわついたままだった。


「ステラ!! ドレイクを見なかったか!?」


「すいません! 私は見てません!!!

 ――皆さん!! ドレイク様を見た方はいませんか!!!」


あいかわらずだ、この声のデカさ。

そのおかげか、すぐに一人の少年が手を挙げた。


イーズだった。


「俺、ドレイクさんが……フラフラになりながら、あっちの山に行くのを見た。」


「ありがとう、イーズ!」


「ねぇギール。次も紙芝居してくれるよね?」


「もちろんだ。次は“運命相剋編”をやるから、楽しみにしてろ。」


イーズが笑う。

その笑顔が、少しだけ俺を救ってくれる。


……だが、問題はここからだった。

山がいくつもある。どの山か、まだ分からない。


焦りが喉を焼く。


「ギール、何をそんなに焦ってるんだい?」


声に振り向くと、そこには花好きのダリアおばあちゃんがいた。


「ドレイクのことを探してて。何か知らないか?」


「見たわよ。確か、あそこの山に向かっていくのをね。」


「ありがとう、おばあちゃん。いずれ必ずお礼する。」


「いいのよ。さっき私の足を治してくれたお礼だからね。」


「……そうか。ありがとう。」


俺は、ダリアおばあちゃんの指差す方向を見つめる。


山の崖の上。

風が頬を切る。

足元には、青い街の光。


「……結局、俺がやりたかったことなんて、何の意味もなかったな。」


笑い声が風に消える。


「最悪だ。

 居場所が欲しくてやったこと全部、

 結局、居場所を失うための行動だった。」


少し、息を吸う。


「ギール……ごめん。

 あん時ひどいこと言って……多分、許してくれないよな。

 ……俺だって、俺を許せねぇんだから。」


そして、

ドレイクは頭から落ちた。



落下の最中、頭の中にはいくつもの景色が流れていく。


魔王城。

血の雨。

焼け落ちる勇者の剣。


……そして、ギール。


笑って、怒って、泣いて、抱きついてくる。

たった数ヶ月しかいなかったはずなのに、

その顔ばかりが浮かぶ。


「……こんな時でさえ、都合のいいこと考えるのか。

 俺は本当に、どうしようもない。」


――ガツン。


音が山に響く。


「……まだ死ねないのか。

 でも……血が出てる。

 そのうち死ねるだろ。」


村人の身体は、頑丈すぎた。

それが、今は呪いのように思える。


痛みの中で、ドレイクは薄く笑う。

「まぁ……これも、罪滅ぼしってやつか……」


その瞬間だった。


「――ドレイク!!!」


聞き慣れた声。

振り返ると、ギールが駆け寄ってくる。


「でかい音がして……まさかと思ったら、やっぱりだよ!」


「ギール……俺はもう助からねぇよ。

 ……助かっちゃ、いけねぇ。」


血の味を感じながら、

ドレイクは微笑もうとする。


「今まで騙してごめん。

 でも本当は――いや、もう、なんでもない。」


目を閉じようとしたそのとき、

口の中に、甘い異物が入った。


「……ギール?」


「俺の髪の毛だ!! ありがたく食え!!

 俺の側近、ドレイク!!!」


「だめだ、そんなもん食べたら――」


「水を飲め! 早く飲み込め!!」


ドレイクが拒もうとするので

ギールは彼の頬を両手でつかみ、

自分の口の中に水を入れて、口移しをする。


唇が重なり、水が流れ込む。


(……甘い。何なんだ、この味。

 ギールの……いろんなものが、俺の中を巡っていく。)


「ドレイク!!」

ギールの目には涙が光っていた。

「あとで一発殴りたいから、完全回復しろよ!!!」


「うう……なんで、俺なんかを……助ける……」


「お前のことが好きだからだよ!!!!!」


ドレイクの時間が止まった。


ギールは泣きながら叫ぶ。


「何度も言うからな!!

 お前のことが好きだから!!

 好きで、好きで、仕方ないから!!!」


風が静かに吹いていた。

血の匂いも、涙の味も、

少しずつ、遠くなっていく。


ギールは、ドレイクの隣に腰を下ろしながら、

手に持っていた帽子を差し出した。


「ドレイク! この帽子な、ハンチングって言うらしいぞ!」


ドレイクはまばたきをした。

「……ハンチング?」


「ああ。狩猟用に作られた帽子だってさ。

 昔お前に聞いたとき、知らなかっただろ?」


ドレイクは少し困惑して眉を寄せる。

「それが……どうしたんだ?」


ギールは笑って、胸を張る。


「つまりな! お前が知らなかったことを、俺は知ってる!

 で、俺が知らないことはお前が知ってる!

 ――だから、俺たちはお互いに“付き合って”生きていけばいいんだ!」


沈黙。


そして次の瞬間――

ドレイクの目から、

初めて“人間として”の涙がこぼれた。


「ギール……俺、本当は誰かに認めてほしかった。

 でも勇者になって、世界を救っても……

 全然、満たされなかったんだ。

 “居場所”ってやつが、どこにもなかった。」


ギールは優しく笑った。


「当たり前だろ。

 お前が欲しかったのは、

 お前の隣で“居場所を探してくれる人”だもん。」


ドレイクは息をのむ。


「……ギール……」


「だからお前に俺が必要なんだよ。

 俺も同じだ。

 俺も、お前みたいに――

 一緒に居場所を探してくれる人が、欲しかった。」


風が吹き、二人の髪が重なる。

世界の音がすべて遠ざかる。


ドレイクが小さく息を吸った。

「ギール。

 俺でよかったら……本当の恋人になってくれないか?」


ギールは、まっすぐに頷いた。

「もちろんだ。

 そっちこそ、俺でよかったら――俺と付き合ってくれ。」


2人は笑い合った。

もう、熱いとも思わなかった。


だって、2人とも――

同じ体温なのだから。


数年後。

あれ以来、ドレイクの表情はすっかり柔らかくなった。


「ギール! 俺、今日は旅館で働くからな!」

「おう。じゃあ、帰りはちょっと遅くなるな。」


今では、彼はいろんな仕事を転々としながら、

人生をちゃんと楽しめるようになっていた。


昔は何をするにも「本当に座っていいですか?」なんて確認ばかりしてたくせに。

今はそんな鬱陶しいやり取りも、すっかりなくなった。


ピンポーン。


「はーい。」

扉を開けると、そこには兄ちゃん――フィンが立っていた。


「お兄様、お久しぶりです。」

ドレイクが改まって挨拶するが、フィンはジロリと睨む。


「まだ弟をお前にやるって決めたわけじゃないからな?」


「弟の意思を尊重するのが、“本当の兄”ってものじゃありませんか?」


うわ、やっぱりこの二人、まだ決定的な溝がある。

……まぁ、なんだかんだでうまくやっていける気もするけど。


「で、兄ちゃん。今日はどうしたんだ?」

「決まってるだろ。ギールのかわいい顔を見に来たんだよ。……あとは、今後の魔族と人間の関係について報告だな。」


いや絶対、後者の方が重要だろ。


フィンは真面目な顔になり、語り出す。


「まず、パウロさんが教皇を引退した。

 本人いわく“だいぶ頑張ったから、後はステラと皆に任せる”ってさ。

 完全に裏方に回ってる。」


あの人らしいな。

どこまでも人のために動いて、どこにいるか分からない――

でも夜だけは確実に居場所が分かる。

……キャバクラだろうなぁ。


「それから、ライトルさんの店。今や大人気だぞ。

 “魔王の息子が愛した名店”ってことで、魔族たちの行列ができてる。」


「は!? そこまで魔族と人間の関係、良くなってんのか?」


「いや、まだ一部だけだ。

 知識や技術を学びに来る魔族が少しずつ増えてる。

 何事も一気には治らん。……少しずつ、だ。」


「なるほどな。じゃあ今度、休日に手伝いに行ってみるか。」


フィンは満足そうにうなずいた。


「それと、お前がよく気にしてたイーズ君な――

 もう知ってると思うけど、魔族の世界に“交換留学生”として行く準備してる。」


「ああ、あいつならきっとやれる。まだ若いけど、いいやつだよ。」


「ギール、あの子が成人したら――」


「お兄様、それ以上は無駄話です。ギール、そろそろ仕事の準備を。」


時計を見ると、すでに出発まで残り三十分を切っていた。


「やばっ! 遅刻したらステラにまた説教される!

 しかも今日は、初めて“先生”として行くんだぞ!」


「ほう……ギールも成長したな。」


「兄ちゃん、これからどうするんだ?」


「まぁ、胡散臭いおっさんと一緒に、裏方で動くさ。

 ――あとドレイク!」


「なんですか?」


「弟に手ぇ出したら、承知せんからな。」


「ははっ。心得ております。」


そんなやり取りを残して、兄は去っていった。



フィンの背中が遠ざかるのを見送りながら、

俺とドレイクは、自然に手をつないだ。


街の風は穏やかで、

空はもう、どこまでも青かった。


2人の道は、まだ続いていく。

一緒に、居場所を探しながら。
























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