第23話 魔王の息子、村人と3ヶ月過ごした
「あら、ギールとドレイクじゃない!
昨日は花壇の手入れを手伝ってくれてありがとう。」
「いや、いいよ。困った時はお互い様。だろ、ドレイク!」
「ええ、ギールの言う通りですよ。」
――俺たちは付き合ってから、もう三ヶ月が過ぎていた。
「じゃあ、そろそろ。俺は働きに行ってくるよ。」
「おう、俺もパウロさんのところに行ってくるから。」
俺は結局、幼稚園で働くことになった。
通い慣れた道を、もう迷うことなく一人で歩ける。
街の人たちとも顔見知りになって、
ドレイクにつられて人助けをするのも、もう日常になった。
幼稚園の門をくぐると、あの声が響く。
「みなさーん!!! 研修生兼用務員のギールさんが来ましたよー!!!」
……相変わらずうるさい。
ステラの声は、いつも園庭の隅までよく通る。
「わーい! 用務員ギールだ!」
「ねぇ、髪の毛、虹色にして!」
「紙芝居やってー!」
子どもたちは、すっかり俺になついてくれていた。
最初のころに比べたら、距離なんてあってないようなもんだ。
(……いや、むしろ今の方が舐められてる気もするけど。)
「おい、みんな! ギールに迷惑かけるな!」
声のした方を見ると、イーズが立っていた。
どうやら、この幼稚園の“中心的人物”になっているらしい。
「えぇー! イーズがまたギールを一人占めしようとしてる!」
「前もそうやってずるしたー!」
周りの子どもたちに言われ、イーズは真っ赤な顔で叫ぶ。
「ち、ちがう!! ギールを困らせるのは良くないの!!」
「ありがとう、イーズ。でも俺は大丈夫だから、安心していいぞ。」
俺がイーズの頭を軽く撫でると、
イーズは一瞬きょとんとして――そのまま、抱きついてきた。
「……なんか、ドレイクさんの匂いがする。」
「いや、気のせいだろ。」
「ううん。ほんのりするもん。
この匂いは“同じ家で暮らしてたから移った”って感じじゃないよ。」
(……さすがは、元勇者パーティーの子孫。嗅覚まで異常に鋭いな。)
それにしても――
なんで俺、幼稚園児に浮気チェックされてるんだ?
「みなさん!! ステラお兄さんも手が空いてますよー!!!」
ステラの声で、子どもたちがしぶしぶ散っていく。
どうやら今日も、俺の平和な一日はこれで始まったらしい。
……多分、俺がこの幼稚園を支配するのも、そう遠くないだろう。
俺は、幼稚園児たちのためにステラの授業を手伝ったり、
重い荷物を運んだりと――主に雑用を任されている。
今の俺の夢は、この幼稚園で正式に働くことだ。
つまり、先生の資格を取ること。
パウロからは、
「安心して構いませんよ。あなたならきっと取れます。おそらく……30年勉強したら。」
と、なぜか励まされるようで煽られるような言葉をもらった。
でも俺は、一年以内に絶対取るつもりだ。
仕事がないときは、他の先生の雑用を手伝いながら、
資格を取るための勉強法を教わったりして過ごしている。
午後になると、親が迎えにくる子どもたちは帰っていくが、
イーズや、スラム出身で帰る家のない子たちは、
教会が運営する施設へと下校していく。
まだ幼稚園児だから、その見送りも俺の大事な仕事だ。
「ねぇねぇ、ギール。前みたいに料理、作ってくれないの?」
下校中に、声をかけてきたのはタリンちゃん。
確か、ウサギが大好きな子だ。
ドレイクほど記憶力は良くないが、俺もだんだん子どもたちの名前と顔を覚えてきた。
「幼稚園で給食を作るには資格が必要なんだよ。
今、その勉強をしてるんだ。」
「でもギールのご飯のほうが美味しいのに。
食べられないなんて変だよね。」
「ありがとな!」
俺は笑って、タリンちゃんの頭を軽く撫でた。
すると、イーズがじっと俺を見ている。
「イーズ!今日もよく頑張ったな!」
そう言って頭を撫でると、
イーズは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「もう……やめろよ、ギール!!」
(やっと落ち着いてくれたか。)
下校が終わるころ、ようやく一息つける――と思ったら、
そんな甘い話ではなかった。
一度園児を見送ってから、また幼稚園に戻り、
明日の準備、今日の反省会……。
ようやく帰れる頃には、外はすっかり夜になっていた。
家に帰ると、一足早くドレイクが帰っていた。
最近は仕事を覚えて、いろんな手伝いを任されるようになったせいか、
俺の方が帰るのが遅くなることが増えてきた気がする。
「ドレイク、帰ってきたぞー!」
そう言って抱きつこうとした瞬間、ドレイクはすっと体をかわした。
「まずは手を洗ってからな。」
「お前、どんだけ潔癖症なんだよ。」
「その後で抱きしめるから。いい子なんだから手を洗ってこい。」
俺は渋々、ドレイクの言う通りに手を洗う。
……まあ、最近は“3分”で許してくれるようになった。
(最初の頃は10分コースだったんだがな。)
⸻
「じゃあ、俺が料理作るからな!」
キッチンに立ちながら、今日のメニューを考える。
ドレイクは基本、好き嫌いのない顔をしているくせに、
実際は“りんご入りポテトサラダ”が苦手らしい。
そしてたまに――2週間に1度ぐらい――
俺が魔界の料理を作ると、文句を言いながらも楽しそうに食べる。
⸻
「明日は、ギール何するんだ?」
「明日は休みって言われた。だからライトルから料理を教えてもらう。」
ドレイクは少しつまらなそうな顔をした。
「最近よく通ってるよな。俺といる時間、減った気がする。」
「安心しろ、ドレイク!午前中だけだ。午後はまたホラー観ようぜ!」
「いいな!」
あの事件以来、俺たちは定期的にホラー映像を観るのが趣味になった。
怖くない“ハズレ作品”もあるが、
怖いと騒いで、ドレイクと一緒に寝る口実を作っている自分がいる。
「召し上がれ。」
料理を出して、一緒に食卓につく。
食事の後は風呂に入って、寝るだけ。
……ただ、俺にはまだ勇気がなくて、
毎晩ドレイクと一緒に寝ることができていない。
いずれ、毎日同じベッドで眠れるようになるのが――俺の目標だ。
夜。
パジャマに着替えた後は、いつものようにドレイクを抱きしめる。
「おやすみ。」
「おやすみ、ギール。」
リビングの灯りを落として、互いに腕の中で息を整える。
その温度のまま、また明日を迎える。
そして――
鳥の鳴き声で朝が来る。
俺の“幸せな日常”が、また静かに始まっていく。
毎朝、俺とドレイクは同じ道を並んで歩く。
途中の分かれ道で、ドレイクは左へ――俺は右へ。
「じゃあ、またな!」
「おう!」
たったそれだけの会話でも、
幸せに感じるように俺はなっていた。
幼稚園に着いて、
今日もいつも通りの仕事を始めようとした、その瞬間だった。
──街の放送塔から、高く耳に刺さる声が響いた。
『生き残っていた魔族の軍勢が、この街に攻めてきました。
皆様は直ちに避難所へ避難してください。
繰り返します――避難所に今すぐ逃げてください。
騎士の指示に従ってください!』
俺の“日常”が、削れていく音がした。
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