第22話 魔王の息子、村人と寝る
親父、聞こえるか?
今、俺の隣には――人間の男がいる。
そして、俺はその人間のことを、好きになってる。
ごめん。
勇者と話して胸の中のモヤモヤを消そうと思ってたけど、
もう消す必要なんて、ないみたいだ。
俺の思いは、そんなに強くなかったのかもしれない。
別の“いいこと”があったら、
こんなにも簡単に上書きされてしまうんだから。
近くにドレイクがいるせいで、
部屋にはドレイクの匂いが満ちている。
きっと、毎日のように一緒に暮らしてたら、
そのうち俺自身も同じ匂いになって――
どれがどれのものか、わからなくなるんだろう。
ああ、本当に今日はいい日だ。
だけど、なぜだろう。すごく怖い。
日常には、理不尽が溢れている。
洪水、地震、戦争――
そういう“よくわからないもの”が、
いつだって突然やって来て、
俺たちの幸せを踏み潰していく。
……あの時みたいに。
数年前
「ちくしょう、親父が勇者に殺されたせいで、みんないなくなった。」
あの時の俺は、親父が死んだばかりで、
あてもなく歩いていた。
本当なら魔王城に戻って、
本でも漁って情報を集めるべきだった。
でも、その頃の俺は――ただの馬鹿だった。
「今日も木の実から魔力を摂取して、栄養に変えるとするか。
そろそろ、うまい肉が食いたいなぁ。」
のんきだよな。
魔族の俺が人間の社会でうまくやっていける保証なんて、
どこにもないのに。
それでも、少しは楽観視したかったんだと思う。
「よし、次は北にある“でかい街”に行ってみるか!」
森の中を、ただ真っすぐに歩いた。
「今日はこんだけ歩いたし、そろそろ休憩するか。」
拾った木の実を食べながら、ぶつぶつ呟く。
「魔王城から出たことないのに、
こんなにも一人で生きられるなんて、俺って優秀だな。」
一口かじって、まずくて吐き出す。
「魔族が全員滅んだわけじゃない。
きっと生き残りがいるはずだ。
今も各地で一部の生き残りが暴れていると聞く。
だったら復讐心があるやつと手を組んで、反撃の準備を――」
また木の実を口に入れて、
吐かないように水で無理やり流し込む。
「大丈夫だ。俺は俺だけでもやっていける。
大丈夫だ。今日は寝床に最適な木を見つけたし。
ハイデルがいなくたって、本は読める。
兄ちゃん姉ちゃんがいなくても、何不自由ない。
父さんがいなくても……寂しくない。」
「ううっ……ぐ、うっ……」
今思うと、“つらくない”と言いながら泣いてたあの頃の俺は、
やっぱり子どもだったんだと思う。
でも、その泣き声は――命取りだった
「……おい、誰かここにいるぞ!」
「マジか。けど、金になりそうなもん持ってねぇなぁ」
「待てよ、こいつ――よく見たら、小さな角、あるくね?」
後になってわかったことだ。
あいつらは、この森を拠点にしていた山賊たちだった。
事前に調べておけば。
回り道しておけば。
……泣かなければ。
いくつもの後悔が、頭の中を渦巻く。
けれど、木の実で命をつないできた俺には、
魔力を使う力も、戦う力も、もう残っていなかった。
できることは――怯えることだけ。
「おい、さっきまで青だった髪が、今ちょっと赤っぽくなったぞ。」
「マジかよ、面白ぇな!」
山賊たちは、笑っていた。
俺の恐怖を、退屈しのぎの玩具みたいに扱いながら。
「この髪、アクセサリーに加工して売るのもいいな。
いや、サーカス団に売った方が儲かるかもな。」
三人は、俺の値段を話し合っていた。
まるで、動物の皮をどう使うか相談するみたいに。
逃げようとした。
でも、力が入らない。
気づけば、ボスらしき男の手が、俺の首を押さえつけていた。
息ができない。
視界が揺れる。
「なーに、乱暴する気はねぇよ。
ただ――その長くて綺麗な髪、少し切らせてもらうだけだ。」
「やめろ!!」
俺の叫びは、森の奥では薄れて消えることしか知らない。
ナイフの一瞬の冷たい感触。
ザクッ――と髪が切られる音。
「……なんだよ。
今、白くなったぞ。」
「まじか、つまんねぇな。
もっといろんな色が混ざると思ったのに。」
「じゃあ価値ねぇな。
どうせ魔族の生き残りなんて、どっかで殺されるだけだ。
放っとけ。」
そう言い残して、
俺は地面に投げ捨てられた。
(ああ……やっぱり、俺は過去を思い返すべきじゃないな。
思い返したところで、“良い過去”なんて一つもない。)
今まであった良い出来事も、
それを超える悪い出来事があったら、簡単に打ち消されてしまう。
ドレイクは――いつまで生きられるのだろうか。
寿命は、どのくらいあるんだろう。
怖い。
「ギール!!!」
ドレイクの一声で、
俺は完全に目を覚ました。
「大丈夫か? 髪の毛が黒色に変わってたけど?」
「……嫌な過去を思い出した。
やっぱ、俺の過去は思い返したところで、いいことなんて一つもない。
どんなに良かった過去も、悪かった思い出に上書きされて、
結局、思い出せなくなっていく。」
「ギール……」
ドサッ。
音がして、次の瞬間、
ドレイクが俺の上に覆いかぶさっていた。
両腕、両足。
逃げ場のないように挟まれて――
けれど、不思議と安心する。
「悪い過去が良い過去を塗りつぶすなら、
次は――良い過去で悪い過去を塗りつぶせばいい。」
「ドレイク……」
「安心しろ。俺はどこにも行かない。
もし俺が死んだとしても、ゾンビになってでもお前の隣に立ってる。
だから、怖がるな。
お前が思い浮かべる悪い過去は、全部俺の“今”で上書きしてやる。」
また、あのデパートの時みたいに、
ドレイクが俺を抱きしめてくれた。
今度は――体重ごと。
全身に彼の重みがのしかかって、息が少し苦しい。
でも、その圧迫感が、
なぜだか、言葉にならないほど幸せを感じさせてくれる。
「……そっか。
俺はもう、幸せだな。」
勇者への執着も、過去の痛みも。
いまやどうでもいい。
ただ、この瞬間のぬくもりを感じているだけで――
もう、それで、充分だった。
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