第20話 魔王の息子、村人と帰る

ドレイクの家に、ようやく帰り着いた。

……たぶん、今までで一番長い道のりだった気がする。


古びた扉を開け、デパートで買った荷物を玄関に置く。

ドレイクが「手を十分快洗え」って言う前に、

俺はすでに洗面台に向かっていた。


(あいつの言いそうなこと、だいたい予想できるようになってきたな)


肘までしっかり洗いながら、ふと思う。

(てか、これもう風呂に入ったほうが早くないか?)


十分後、洗面台をドレイクに譲って、

俺はリビングへ向かう。


そこには、今日買った日用品がずらり。

台所には、ドレイクが「念のため」とか言って買った三万の皿が、

まるで百円食器みたいに並んでいた。


「よし、ドレイクが手を洗ってる間に夕飯でも作るか。」


そう思って、例の“米”という謎の食材を取り出す。


(最低でも三十分は洗ってるはずだし、その間に余裕で作れる)


――が。

「……これ、どうやって作るんだ?」


小麦みたいにこねるのか?

パンにするのか?

それともレーズンパンのほうが無難か?


でも、ドレイクが楽しみにしてたのは米だ。

なら、やるしかない。


「仕方ない。あまり使いたくなかったが――この手を使うか。」


そう呟きながら、指先を包丁で軽く切り、

小さく呪文を唱えた。



三十分後。


「おーいギール、手を洗い終わっ――」


ドレイクがリビングを見た瞬間、

顔が一瞬で凍った。


「おい、なんだこれ!?」


「どうした? ちゃんと夜ご飯、作っといたぞ。」


「いや、“どうした”じゃなくて!!

 料理全部が黒いオーラ放ってるし、

 皿の中で魔物の目が瞬いてるんだが!?」


「安心しろドレイク。お前の注文通り、米はちゃんと使った。

 ただ、作り方がわからなかったからな――

 俺のなけなしの魔力を使って、魔界の料理人を召喚したんだ。」


「召喚!?」


「大丈夫だ。味は保証する。」


ドレイクは、

恐る恐る、震える手でスプーンを取った


「いただきます」

まるで祈るようにドレイクは手を合わせ、目を閉じた。

そして――米と、魔界生物の触手を混ぜた謎の料理を口に入れる。


その瞬間。


「……なにこれ、めっちゃ甘いんだけど!!?」


「おぉ、故郷の味、ってやつだ。

 ドレイクにも魔界の文化を味わってほしくて、

 料理人に“できる限り魔界っぽく”頼んでおいたんだ」


「いやそれ、ギールが料理したわけじゃないよな!?

 ほぼ外注だよな!?」


「何を言ってる。俺が自分の血を流して作った料理だ。

 つまり俺が作った料理だろ?」


「絶対違うからお前も食ってみろ! 味おかしいから!!」


ドレイクに勧められ、仕方なく口に運ぶ。

次の瞬間――俺の中で何かが弾けた。


「なぁドレイク。魔界の料理って……

 ライトルの料理より、こんなにマズかったっけ?

 なんで砂糖こんな使ってんだ!? 頭おかしいだろ!」


「お前が作ったんだぞ!!」


「丸焦げジンギスカンよりマシだろ!?」


どうでもいい言い合いをしながら、

二人で笑って――なんとか完食した。




「ギール。魔界の料理って、最初は“二度と食いたくない”味だけど、

 食べ続けると、意外とクセになるな。」


「そうだな。……俺はもう、人間界の料理のほうが好きになったけどな。」


そう言いながら、最後のデザートに手を伸ばす。


「あれ? これ普通に見た目いいじゃん。クレープ?」


「ああ、それは俺が作ったやつだ。

 ライトルに教わったレシピだから、普通にできる。」


ドレイクは、まるで子どものようにフォークでクレープを刺した。


「うまいな! さっきの甘ったるい地獄飯とは違う。

 イチゴの酸味と生クリームの甘さが完璧に釣り合ってる。

 生地もふわふわで……これ、ほんとにお前が作ったのか?」


「さすがに褒めすぎだろ」


「いや、本気でうまい。

 お前、あの幼稚園の給食のおばさんになれるぞ!」


……なんとも言えない褒め言葉だった。

嬉しいような、ちょっと複雑なような。


けど、ドレイクの顔が本気でうれしそうだから、まあいいか。


(あれ……? 俺、もし失敗しても、自分の手で作ってたら

 ドレイク、もっと喜んでくれたんじゃないか?)


(明日の朝は、ちゃんと――自分の力で作ってみよう。)













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る