第19話 魔王の息子、村人を暴く

「その……勇者鑑定士って、一体何者なんだよ。

 そもそも、なんでそんな奴に会おうとするんだ。」


声が震えていた。

わかってる。本当は。

どういう存在なのか、そしてドレイクがなぜそれに会おうとしているのか。


無意識に、ドレイクにもらった帽子のつばを握る。

ドレイクは静かに答えようとした――その瞬間。


「だれかー!! 勇者診断を受けてみませんかぁーー!!」


広場に、やけに明るい声が響いた。


「……なんだ、あれ。」


目を向けると、水色の水晶玉のような魔道具を抱えた人物がいた。

全身をゆるいローブで覆い、男か女かも分からない。

妙にハイテンションで、椅子の上に座りながら手を振っている。


「そこのおしゃれな帽子の方!!

 白髪と茶髪のコンビさん!! あなたたち、運命ですよ!!

 今なら無料で勇者診断できます!!」


「……行こう、ギール。」

ドレイクの声は静かだった。

「そろそろ、白黒はっきりさせないとな。」


そして俺たちは、その性別不明のローブ姿に近づいた。


「あなたが――正式な勇者鑑定士、ですか?」


「はいっ! そうでございます!!!」

ローブの人物は、誇らしげに胸を張る。

「ぜひ、あなた方が“勇者の血”を持っているか確かめさせてください!

 この水晶に触れると……勇者の血を持つ者は赤く光るんです!!

 おっと、その前に正式な説明をしなくてはなりません」


やたらとテンションが高い。

声も、性別も、表情も、すべてが中途半端に曖昧だ。


「で・は・で・は!楽しいアトラクションタイムの始まり〜」

急に水晶を掲げながら、演説が始まる。

「勇者の血を持つ人間は優秀で、国家としても非常に価値が高いんです!

 だからこそ我々、勇者鑑定士協会は、勇者を保護し、支援し――」


ああ、もういいから。

早く終わってくれ。


「――そして! 我々が最も注目しているのは、魔王を倒した“真の勇者”です!

 今もまだ見つからない理由、それは……勇者本人が“自分を勇者だと自覚していない”からかもしれない!!」


やめろ。ほんとやめてくれ。

その言葉、笑えないんだ。


「だからこそ我々は作りました!

 “真理の水晶”――勇者の血を暴く魔道具!!

 誰でも、思いもよらない運命に出会えるのです!!

 凡人だと思っていた自分が――実は勇者だった、なんてことも!!」


やかましい演説の最後、

一転して静かな声で言った。


「――では、早速試してみましょうか。」


「ドレイク、やっぱやめよう。危なそうだし」

「ギール、これはあくまで“勇者の血筋”かどうかを確認するだけだ。安心しろ」


――安心なんか、できるわけがない。


俺の声は届かず、ドレイクは水晶に手を伸ばした。


その瞬間、心のどこかで思ってしまった。

――やっぱり、こいつが勇者なんじゃないか。


混乱しているはずなのに、

なぜか頭の中だけが冷たく澄んでいく。

まるで誰かの人生を整理するみたいに、

俺は淡々と“違和感”を並べ始めた。



『違和感その1』


俺が魔族だと気づいていたのに、怯えることなく普通に接してくれた。

最初は「ただ優しいだけ」だと思った。

だが――普通の人間が、魔族にここまで自然に接するだろうか。

まるで、“そういう存在”に慣れているかのように。



『違和感その2』


あの馬鹿力。

俺が全力で抵抗しても、軽々と引っ張って教会まで連れて行った。

パウロやステラが使っていたのは身体強化の魔法だった。

だがドレイクは……使っていなかった。

ただの人間なら、あの力はありえない。

風呂場で見た、あの異常な筋肉の付き方も含めて。



『違和感その3』


ライトルが言っていた“あの化け物じみた耐久力”。

しかも、いつからこの街にいるのか誰も知らない。

ライトルの話では、最初に会ったとき――

“人間離れした気配”を放っていたという。




『違和感その4』


あいつの家だ。

外観は古いのに、中は新品みたいに整っていた。

1階は完全にドレイクの部屋。

2階には、人が暮らしていた痕跡がまるでない。

そもそも、なんでダブルベットがあったのに、

そのベットが使われている様子がなかったんだ?

両親が住んでいたというのは――嘘なのか?

まるで、何かを隠すための“カモフラージュ”みたいに感じた。



どれも単体なら、取るに足らないことかもしれない。

でも、積み重ねれば――確信になる。


俺は、理解してしまったのだ。

短い時間で、直感でも、理屈でも。

ドレイク・ルーラーは、勇者だと


だから、怖い。

胸の奥から何かがせり上がってくる。


「ドレイク!! やっぱ、こんなことやめよう!!」


俺の叫びが届くよりも先に――

ドレイクは、水晶に手を置いてしまった。



ピイコン♩


場違いな軽快な音が響く。


ローブの鑑定士は、まるでつまらなそうに言った。

「スカですね。特に何の変化もありません。

 ……はい、そこの白い人もどうぞ。早く。」


「あ、ああ……」


言われるがままに、俺も手を触れる。

水晶は――変わらない。

青いままだ。


「はい終了~。お二人とも、残念でしたね~。

 やっぱりなかなか会えませんよ、本当の勇者には。

 ……って、どうしたんですか?白髪のお兄さん!?

 顔も頭も真っ青ですよ!?」


あっさりすぎる、何も返せなかった。

俺たちはそのまま、半ば追い出されるようにしてデパートを出た。


デパートで買った荷物を手に、俺たちはゆっくりと外に出た。

夕焼けが、やけに赤い。

ビルの影が長く伸び、俺たちの歩幅と重なる。


少し歩くと、周囲に人の気配がなくなった。

ようやく、言葉がこぼれ出た。


「ドレイク!! なんであんなことやったんだよ!」

喉が焼けるみたいに声が出た。

「実は……俺、お前のことを疑ってて……あんなに優しくしてくれたのに、俺は!」


ドレイクは、申し訳なさそうに目を伏せて言った。


「実は俺――記憶がほとんどないんだ。」


その言葉に、風の音だけが重なった。


「一番古い記憶は、別の街で立っていた時のものだ。

 腰には、少しの金が入った袋だけ。

 ……気づいたら、そこにいたんだ。」


夕日がドレイクの横顔を照らす。

目に光が刺さっても、彼はまっすぐ前を見たまま話を続けた。


「自分のことを知りたくて、いろんな人に話しかけた。

 でも、誰も俺を覚えてない。

 しかも、その街はよそ者に厳しくて……

 “魔族の生き残り”かもしれないって、何度も言われた。」


――ああ、そうか。

あいつの優しさの理由は、そこにあったのか。


「居場所がないと思って、あてもなく歩いた。

 そして見つけたんだ、ここを。

 ライトルさんが初めて、俺を“普通の人間”として扱ってくれた。

 周りを見渡したら、思ったより優しい人が多くてさ。

 ……パウロさんには助けたお礼で家をもらったんだ。」


ドレイクの言葉は、まるで俺の心を読んでいるようだった。

今まで抱えていた違和感が、一つずつ溶けていく。


「俺に力があるのは、多分“勇者パーティのタンク”の子孫だからだと思う。

 花を育てるのが好きな婆ちゃんが言ってたんだ。

 俺の顔が、そのタンクに似てるって。」


一瞬だけ、優しい笑みを浮かべた。

それが夕日の赤に溶けて、嘘か本当かわからなくなった。


「……で、なんでお前を差別しなかったのか。

 それはな、昔の自分を思い出したからだ。

 “よそ者だから”って理由で、誰かを弾くのが……嫌だった。

 ただ、それだけだよ。」


「なんで……じゃあ今日、勇者鑑定なんてしようとしたんだよ!!

 ちゃんと説明しろよ!!」


ついに我慢できなくなって、涙がこぼれた。


(泣くなよ。いちばん泣きたいのはドレイクのはずだろ。

 あいつ、自分の嫌な過去を話して、俺に疑われたんだ。

 いちばんつらいのは、あいつなのに……

 なんで俺が泣いてんだ、アホすぎるだろ俺。)


自分に腹が立って、嗚咽が漏れる。


そんな俺を見て、ドレイクは少し笑って、そして静かに言った。


「だって、俺はギールに“俺は白だ”って証明したかったんだ。

 ずっと思ってた。お前は純粋で、綺麗で、汚れがなくて。

 どうやったら……対等になれるのか、考えてた。」


夕日が沈みかけて、ドレイクの瞳が赤く光った。


「ドレイク……そんなこと、思ってたなら、話してくれれば……」


緊張の糸が切れて、さらに涙があふれた。


ドレイクは、ゆっくりと息を吸って、そして言った。


「ギール。正直に話すと……俺はお前のことが好きなんだ。」


時間が止まったように、風の音が遠ざかる。


「うそだろ。だって、俺、お前のこと一度疑ったんだぞ?

 それに、俺は魔族だし。」


「そんなの、どうでもいい。

 俺だってお前のこと、何度も疑ってた。

 “嘘をついて何か隠してるんじゃないか?”とか、

 “勇者をこの手で殺したいんじゃないか?”とか。

 ひどいこと、いっぱい考えてたんだ。」


ドレイクの声が震えた。

そして、初めて――ドレイクも泣いた。


「わかってる。本当は、俺たち出会ってまだ一ヶ月も経ってない。

 関係が浅いことくらい、わかってる。

 でも、頼む……もうやめにしないか? 勇者を探すの。」


「……なんで?」


「勇者は、魔王城に攻め込む前に、自分の仲間を全員クビにした。

 仲間たちは民衆から“裏切り者”“無能”って言われて……

 多分、俺の父さんと母さんはそれを知って、

 俺の記憶を消して、金だけ渡して、普通に生きさせようとしたんだと思う。」


――イーズの言葉が、頭の中で響く。


『勇者は最後に仲間を見捨てたんだ。

僕のお父さんは勇者の仲間だったのに、

ある日突然“もういらない”って言われた。』


ああ、わかった。

ドレイクが言いたいことが、やっと。


「そんな危険なやつを探すの、やめよう。

 きっと会っても、不幸になるだけだ。

 いや、違うな……」


ドレイクは言葉を選ぶように、静かに続けた。


「多分俺がいちばん怖いのは、

 お前が勇者に会って――汚れることなんだ。

 頼むから、白は白のままであってくれ。

 世の中、理不尽ばかりで、何かに染まらなきゃいけないこともある。

 けど、お前は……ちゃんと、白のままでいてくれ。」


「ドレイク、もういい!! 話さなくていい!」


俺はそう叫んで、荷物をそのまま地面に落とし、

勢いのまま――ドレイクに抱きついた。


ぶつかるようにして掴んだ体は、硬く、動じない。

まるで、絶対に壊れない何かを抱いているみたいだ。


「ドレイク! 俺、しっかり料理頑張るから!

 ちゃんと仕事見つけるから! 絶対にドレイクに苦労させない!

 だから、俺からも頼む。一緒にいてくれ。

 もう――忘れよう、勇者のことなんか。」


「ギール……」


ドレイクの声が、胸の奥で震える。

その熱が、皮膚を通して直接、心臓に届く。


ああ、あったかい。

けど、それ以上に――甘く、甘く、ひたすらに甘い。


「もう一度言う! ドレイク・ルーラー。

 魔王の息子である俺を――拾ってくれ。」


ほんの一瞬の沈黙。

そして、あの穏やかな声が返ってくる。


「もちろんだ。……俺の王様。」


その瞬間、ドレイクの腕が、俺の背を包み込んだ。

逃げ場のないほど、強く、熱い。


世界にはいくつも“暖かい”ものがある。

けど――この抱擁の温度だけは、

きっとどんな太陽でも届かない


ああ、きっと魔族が本当に欲しかったのは

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