第18話 魔王の息子、村人とデート

俺が店のホールに出た瞬間、

あの――聞き覚えのある、やかましいジャラジャラ音が響いた。


「みなさん!!レストランに着きました!!!

 貸切ですが、うるさくしてはダメですよ!!!」


「お前が一番うるさいわ!!!」


声の主は、やはりステラだった。

全身の十字架が、太陽の光を反射してチカチカと目に痛い。

後ろには、園児たちがずらりと並んでいる。


「みなさん!!今回はギールさんとドレイク様も料理をしてくれるみたいですよ!!!」


「してくれる“みたい”ってなんだよ……。」

俺の言葉など、ステラには一切届かない。


ドレイクはというと、いつも通りの丁寧な調子で注文を取っていた。


「はい!! 予定通り、一人につきお子様セットひとつで大丈夫ですね!!」


「えっ、俺……せっかくメニュー覚えたのに?

 もっと複雑な注文でもいいんだぞ、ステラ!」


「いいえ!! お子様セットです!!!!」


……負けたな、ドレイク。


俺はライトルの指示で、いくつかの食材を動物の形に切ることにした。


「お、ギール上手いじゃねぇか。

 今度からうちの店でも働いてくれよ?」


「料理、少し好きになってきたかもな。

 でも幼稚園で働くのも……悪くない気がする。」


「せっかくの選択肢だ。楽しんで選べばいいさ。」


“選択肢”。

それは、俺にとってずっと縁遠い言葉だった。


親父が死んでからというもの、理不尽だけが一方的に降ってきて――

自分で何かを選んだことなんて、ほとんどなかった。


でも、ドレイクに会ってから。

少しだけ、何かを選べるようになった気がする。


そんな感傷を胸に、ふと顔を上げると、

ドレイクがお子様セットをテーブルに配っていた。


「わあ! うさぎさんのにんじんだ! かわいい!」

「俺のはクマだ!」

「俺のはネコ!」

「イーズは?」

「俺はイヌだった!」


園児たちはみんな、俺の作った動物型のにんじんに大喜びだ。

それを見たドレイクが、少しだけ俺のほうを向いて言った。


「なあ、ギール。ウサギのをもう一つ作ってくれないか?」


「なんだ、食べたいのか?」


「違う。タリンちゃんは猫が好きなんだが、猫がもうなくて、少し落ち込んでるんだ。」


「おい、ちょっと待て。

 まさか全員分、好きな動物を合わせて配膳したのか?」


「当たり前だろ。好きなやつのことは、ちゃんと覚えるに決まってる。」


――なぜか、その言葉が胸の奥に、静かに刺さった。


俺たちは無事に料理を出し終え、

子どもたちが夢中で食べているのを少し離れたところから眺めていた。


どうやら今日は遠足の昼食だったらしい。

ステラが「貸切レストラン体験!」と張り切って企画したらしく、

俺とドレイクはその付き添いとして一日働かされる羽目になった。


とはいえ、今はただ――

腹をいっぱいにした子どもたちが、幸せそうに笑っている姿を見ているだけだった。


「ごちそうさまでしたーーーーっ!!!!」


全員の声が響く。

……が、その九割はステラの声だ。


俺とドレイクは、使い終わった皿を回収して流しに持っていく。

ライトルが奥から顔を出して言った。


「今日の仕事はもう終わりだ。お前らは帰っていいぞ。」


「えっ、でもこの皿の量……洗うの大変だろ? 俺も手伝うぞ。」


「いや、俺たちが加戦しても足手まといになるだけだ。

 おとなしく帰ろう、ギール。」


「別に、そこまでのことじゃないんじゃ……」


そんな俺に、ライトルが少し笑って言った。


「ギール、お前この街に来て、まだ日が浅いだろ。

 一緒に街を見てやれよ、ドレイク。」


ドレイクは一瞬、考えるように黙ったが、

すぐにいつもの調子で笑った。


「そう言われればそうですね。

 ――ギール、一緒に遊びに行くぞ。」


「……ああ、そうだな。」

━━━━

俺はドレイクに連れられて、よくわからん建物の前に立たされた。


「ドレイク!!なんだこの城みたいな建物は!?

 まさか、ついに俺を王にするための戦争を!?」


「違うわ!! ここはデパートだ。

 若い人から年寄りまで楽しめる、多機能な建物なんだ。」


……デパート?


魔王が倒されてから、人間の文化が一気に発展しているのは知っていたが、

まさかこんな巨大な娯楽施設まで作られているとは。


それにしてもでかい。

白い床に、ところどころ色のついたブロックが敷かれ、

どこからか甘い匂いが漂ってくる。

ここが“楽しい場所”だというのは、すぐにわかった。


「ギール。せっかくだし、お前の日用品をここで買うぞ。

 いずれ独り立ちした時のことを考えて、小さい物の方が引っ越しにも便利だ。」


「そう…だな! ドレイク、言っとくが俺は一流のものしか買わんぞ!

 “オーガニック”ってやつを買ってくれよ!」


「日用品だからオーガニックはないぞ。それにお前、砂糖かければ何でも食うくせに。」


そんな他愛もない会話を交わしながら歩いていると、

ドレイクが顔を抑えて言った。


ピョーン


ピョーン


ピョーン


「ギール、頼むから“色のついた床”を踏むためにジャンプするのやめてくれ。目立つ。」


「なんでだ。楽しいし、運動能力を上げるいい練習にもなるだろ?

 それとも、ドレイクは重いからジャンプできなくて悔しいのか?」


ドレイクの表情がピキッと変わった。

……あれだ。この顔は知っている。

子どもに俺が懐かれた時とか、俺が料理で成功した時とか――あの時と同じ顔だ。


「はぁ!? 俺だってそのくらいできる!!

 見てろ、七ブロック離れたあの青いマスまで飛ぶからな!!」


ドォンッッ!!


デパート中に響く大きな音。

だが、ドレイクは見事に青いマスの上に着地していた。


「ふっ、やるじゃないか。なら俺は九ブロックだ!!」

「上等だ、俺は十ブロックいく!!」


俺たちは子どもみたいに飛び回りながら、デパートを駆け抜けた。


――なんて楽しい時間だろう。


少し経ったあと


「お客様!!! 周囲のお客様の迷惑になる行為はおやめください!!」


「はい……。」


正論すぎて何も言えない。


「ドレイクさんも、こんなことするなんて意外でした。

 隣の……アホっぽい人はともかく。」


……今、なんて言った?

アホっぽい? おい、それは俺のことか?


青と赤が混ざって、髪の毛が紫になってる気がする。


「ドレイクさん。もし“わくわく”がお望みなら、

 今、屋上で劇をやっていますので、ぜひご覧ください。」


やかましいお姉さんから解放された俺たちは、言われるがまま屋上に向かった。


「なあ、ドレイク。」


俺の声に返事はなかった。

ドレイクはベンチで横たわり、放心状態のまま空を見上げている。


「あああ……俺はなんてことをしてしまったんだ。

 俺の存在はいま、芋虫以下のなにかに変わった……。」


怒られるのが珍しいせいか、

ドレイクは見事にメンタルをやられていた。


「ドレイク! 演劇を見て心を落ち着かせようぜ。

 確か今回は、勇者紙芝居と同じ“運命相剋編”もあるらしいぞ。」


あまり名前を出したくはなかったが、

こいつはあの話が大好きだ。

泣くほど好きだった。

これで少しは機嫌が直るだろう。


「ひっく……チラシ見たけど、キャストがイメージと違うし……

 “運命相剋編”を軽々しく現実で再現しないでほしい。

 あれは“絵”で見るからこそ価値があるんだ……。」


――めんどくさいな!!

精神的に落ち込むと、こいつこんなに面倒くさくなるのか。


俺は完全に力の抜けたドレイクを無理やり引きずり、

屋上の劇場へと向かった。


【屋上】


勇者の話はすでに終わっていて、

これから始まるのは人情劇らしい。


屋上には観客がぎっしり。

即席の木の舞台には、絨毯が敷かれ、

端の板の裏では役者たちが小道具を入れ替えているようだ。


入場料は無料らしい。

俺たちは空いている席を見つけて座った。


最初こそ、ドレイクはまだ落ち込んでいて、

舞台に集中していなかった。

だが気づけば、真剣な顔で舞台を見つめていた。


物語は、

魔法が使えた天才の幼なじみが、

記憶を失って――それを取り戻すために旅に出る、

ありふれた恋愛もの。


――なのに、なぜか泣けた。


特別な仕掛けがあるわけじゃない。

先も読めるし、結末もわかっていた。


主人公の女が、本当は記憶喪失なんかじゃなくて、

ただ“好きな男と長くいたかった”だけだと気づいていたのに。


それでも。


彼女が自分の気持ちをやっと言葉にした瞬間、

胸の奥が勝手に熱くなって、

涙がこぼれていた。


泣きたくなんか、なかったのに。


なぜ、忘れていたのだろう…

昔の記憶が、ふっと頭の奥から浮かんでくる。


――側近のハイデルが、よく人間考察のために、本を読んでくれた。


内容のほとんどは、人間たちが愚かさゆえに

自分の欲望に呑まれ、身を滅ぼす話だった。


なぜだろう。

その時の記憶が、今の劇と重なって見えた。


「ああ、そうだ。あの時も似たような話だったな。」


『ハイデル! 人間ってやっぱアホだな!』

『そうですね、ギール坊っちゃま。

 ですが、我々のように合理を好む魔族でも、

 時には愚かになります。』

『オレ賢いから、そんな馬鹿なことしないし!

 この話の人間みたいに、家の決まり無視して恋を優先するなんて絶対しないし!』

『そうですね。

 ですが――忘れないでください。

 愚かだからって、幸せになれないとは限らないのです。』


……あの時は、全然理解できなかった。


“愚かでも幸せになれる”なんて、意味がわからなかった。


だけど今――

なぜか、ふと隣を見る。


ドレイクが、

舞台の光を受けて、静かに涙をこぼしていた。

ドレイクは、ぽとっと涙を一滴こぼした。

けれどすぐに、顔を上げて空を見た。

……涙を、隠した。


なんだ。

よくある単純で、つまらん話だと勝手に決めつけてたが――

いいな、こういう話も。


演劇が終わってから、俺たちは並んで歩きながら感想を語り合った。


「でさぁ、あのシーンがめっちゃ泣けてよかったわ」

「俺は、本当は記憶喪失なんかしていないのに、

 嘘をついてたって展開が予想外で、すげぇ面白かったぞ」


その後も、俺たちはいろんな店を見て回った。


【雑貨屋】


食器が必要なので、雑貨屋に立ち寄ってみた。


ライトルの店ほどではないが、

黒を基調とした木材と、レンガ造りの壁が印象的で、

全体的に落ち着いた雰囲気の内装だ。


棚にはずらりと皿やコップが並び、他にもよくわからないモノなである。

どれも丁寧に作られている。

正直、こういう“モノづくり”は魔族より人間の方がずっと上手い。

魔王城にあった皿よりも、すべてのクオリティーが高そうだ。


正直なんだっていいが、食器にこだわりを持った方がドレイクに「すごい」って思われるよな?


そんな中――黒く輝く一枚の皿が、目に留まった。

札には「三万」と書かれている。


(……これでドレイクを驚かせてやるか)


「ドレイク!! この俺にふさわしい皿が見つかった!

 これを買おうじゃないか!」


ドレイクは近づいて値札を見て、

ごく普通の顔で言った。


「わかった。その皿が気に入ったなら……あと三十枚くらい買っておくか、念のため。」


「ちょっ……待て!!

 冗談だよ!! そもそもお前、そんなに金持ってないだろ!?」


「? 三万くらいなら簡単に出せるぞ?」


「なんで王族の俺より金銭感覚バグってんだよ!?」


【食料品売り場】


ドレイクの家でも、そろそろ自炊すべきだと思った俺は、

明らかに乗り気じゃないドレイクを無理やり連れて、食料品売り場に向かった。


売り場のあちこちには氷魔法の魔法陣が刻まれており、

中はひんやりと冷えている。

どうやら肉や魚を保存するためらしい。


木製の棚にはバスケットが並び、

その中には色とりどりの野菜や果物が詰められていた。


「ギール、一体何を買うつもりなんだ?」


「ライトルから、お前がよく頼むレーズンパンとコーンポタージュの作り方を教わった。

 だから今日の夜は、それを俺が作る。

 ついでに明日の分も買っておきたいしな。」


「別に、今まで通りライトルさんの店で食べればいいだろ?」


「外食は金がかかるだろ?

 それに、これから俺もこの家に住むんだから、役割ぐらい持たせろよ。」


そう言った俺の横で、ドレイクはさっさと棚の前に行き、

俺の持っている籠に勝手に商品を入れ始めた。


「おいドレイク!! なんでレーズンパン作るって言ったのに、

 米なんてよくわからん食材入れてんだよ!?」


「だって最近、他国から入るようになったって聞いたし、

 一度食べてみたくてな。

 それに、ギールならうまく料理できるだろ?」


ふ――ん、わかってるじゃん。


「仕方ないな。

 ドレイク、俺が“米”っていう謎の食材を――

 この世界で一番うまく料理してやるよ!」


【服屋】


俺はいま、服を一着しか持っていない。

つまり――いま着てるのは、ドレイクの服だ。


さすがにそろそろ“自分の服”が欲しくなってきた。

金はないが、ドレイクが出してくれるというので、

デパートの服屋を見て回ることになった。


それにしても、この建物……服屋が多すぎる。

雑貨屋、食料品売り場の倍はあるんじゃないか?

なのに、どの店も内装はほとんど同じ。


(何が違うんだ、これ。名前と香水の匂いぐらいしか変わらねぇぞ)


そもそも魔族で服を着る奴なんて、貴族ぐらいしかいない。

「服を着る」って行為そのものが、身分の証だった。

だから俺も、服にこだわるなんて発想はなかったんだが――


「ギール、この赤い服と紫の柄のやつはどうだ?

 お前に似合うと思う。肌触りもいいし」


「おお、なかなかいいチョイスだな。

 よし、それにするか!」


と手に取った瞬間、値札を見て固まる。


「……一万三千と二万一千!? 高すぎるだろ!!

 さっきの店なら、どんなに高くても五千だったぞ!?」


「まあ、この店はブランド物だからな。

 でも、魔王の一族ならこれくらい普通じゃないか?」


「バカ言うな!! 王族は無駄遣いしない!!」


そう言って、俺は服を元の棚に戻した。

ドレイクは少し笑っている。


「……じゃあ、さっきの店に行くか?」


「当たり前だ。

 俺は“民に優しい王族”ってやつなんだよ!」


【広場】


中央には大きな噴水。

その周りを囲むようにベンチが並び、

水の音が心地よいリズムで響いている。


俺とドレイクはそのひとつに腰を下ろした。


――ああ、本当に楽しい。


きっと、俺の人生はもう“いい方”に向かってる。

ドレイクとこうして笑いながら過ごす日々が、

このまま続いていくんじゃないかって、

そう思えてしまうくらいに。


勇者と話す――あの目的すら、

今の幸せの前では、ぼやけていく。

感情が追いつかないほど、

胸の奥が温かくて苦しかった。


そんな中、ドレイクが

いつもと同じ穏やかな顔で、それでも少し違う雰囲気をまといながら言った。


「実を言うと、今日デパートに連れて行く予定はなかったんだ。

 本当は、明日にするつもりだった。」


「なんだよ。

 俺のことが好きすぎて、早く出かけたくなったとか?」


軽口のつもりだった。

いつものようにドレイクが「からかうな!」と言って、軽くしかってくる、流れになると思っていた。


けれど、ドレイクは笑わなかった。


「――そうだな。

 確かに、お前のことが好きだから今日にしたよ。」


空気が一瞬、止まる。

風の音も、噴水の音も、遠のいた気がした。


「な、なぁ、それって……どういう意味で――」


「今日、デパートに来るんだ。」


「え?」





「勇者鑑定士が。」







「勇者……鑑定士?」






















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