Day 3-1: 歴史に隠された秘密1

 何度かラズヴァンやブロックが声をかけてきたが、俺は無視をした。


 彼らも察したのか、それ以上邪魔をすることはなかった。


 アインが竜の威圧によって、部屋を守っていてくれたことも大きい。


 丸一日を費やし、俺は学習を終えた。

 

 全ての書物を学習できたわけではない。


 時間が限られているため、歴史、化学、物理学、生物学、工学を中心に学習したのだが、それだけでも全能感がほとばしってくる。


 データの量と質で天文学的な能力差が出るのが智の魔神だ。この状態であれば、誰にも何もさせずにできただろう。


 フィオナを死なせることもなかったはずだ。


 それだけは本当に悔やまれる。


 なぜ俺はフィオナが死ぬ前に学習を終えられなかったのだ。


 勇者たちへの恨みも積もるが、おそらくやつらも操られていたのだ。


 それから、俺が創造主たち四人に手が出せないこともわかった。彼らに対する一切の邪推もできない。


 その原因も概ね推論できるが、さしあたりどうしようもなさそうだ。


 それを彼らに問いただすことすらできない。


 たとえこちらが魔神で、より優れた能力をもっていたとしても創造神には敵わないのか…


 だが、そんなことに悲観しているヒマはない。


 世界の危機の問題…土地の荒廃に人口減、全種族共通の出生率低下。


 学習により、世界樹は世界に張り巡らせたセンサーへのアクセスも可能になり、現在の世界の状態も把握し、この世界が滅びる要因はわかった。


 その原因も概ね推論が完了した。


 魔素の絶対量が急速に減っていること。これが世界の危機の根本原因だ。


 魔素減少によって引き起こされている深刻な問題の一つはヒト族の急速な衰退だ。


 これにはラズヴァンも言っていた「ヒト族の原罪」に関係している。


 ヒト族はもともとヒト族ではなかった。


 生物分類学的に、あるいは政治的にそうではなかったと言うべきか。


 そこには凄惨な歴史があった。


 かつての魔族も、今の魔族のように強大な力を持っていた。


 それはあまりに強大で、性格も獰猛で支配的だった。

 

 一方のヒト族は、知性は高かったものの、狩猟や農耕を中心に、ようやく貨幣経済が始まったという段階にあった。


 外部との交流もあり、エルフ族はドワーフ族とも、多少の小競り合いもあったものの、概ね問題はなく、特にドワーフ族とは交易を行うこともあった。


 そうした交易が進んでいくと、自然とヒト族の社会も体制が変遷していき、強いリーダーが選ばれるようになり、やがて王と呼ばれる者が誕生した。


 王政は、エルフ族やドワーフ族の文化に倣ったもので、大きな決定は王や貴族が行うようになった。

 

 やがてヒト族の間で権力争いや戦争が頻繁に起きるようになり、社会が不安定になってくる。


 そんな中、環境の変化も発生していた。星々が膨張を始め、空が赤みを帯びて、大きな自然災害が頻発するなど、世界そのものに異常な兆候が出始め

ており、人々の不安を膨らませた。


 そんな折、権力に取り憑かれたヒト族の王、ヒュブリスが、禁断の手段に出る。


 悪魔召喚。


 魔族の強大な力で社会を、環境を支配し、安定させる。


 それは酷く短絡的な考えだった。


 だが、人々はそれを支持した。


 それだけが社会を救う方法だとヒュブリス王は人々に熱く語りかけて、人々を信じさせ、熱狂させた。


 一部の愚かな狂気が、多くの愚か者に伝播していった。


 ヒュブリス王は、召喚された魔族は必ず召喚者に従うものだと思い込んでいた。


 いや、万が一、召喚した魔族が従わなかったとしても、魔族を一人ずつ召喚すれば、屈強なヒト族の近衛兵たちが抑え込むことができると考えていたのだ。


 実際に、初期の頃に召喚されたレッサーデーモンたちは、一般的なヒトよりは強力だったものの、複数の屈強な戦士であれば、力で抑え込み、従わせることができていた。


 そうして一人ずつ魔族を召喚し、ヒュブリス王は魔族兵団を組織するつもりだった。


 だが、十三体目に召喚された魔族はそれまでのレッサーデーモンとは異なる様子があった。


 それまでに召喚したレッサーデーモンは、召喚直後は暴れ出すことがほとんどだったが、この魔族は落ち着き払い、周りを観察していた。


 その様子を見たヒュブリス王は、相手が知性的な魔族で、召喚者が誰かも認識のある従順な者なのだと考えた。


 しかし、それは大きな間違いだった。狂った者には何でも自分に都合の良いことに思えていたのだった。


 ヒュブリス王が近衛兵の後ろから、声をかけた。


「ヒュブリス王の名の下に召喚された魔族よ、名を申せ」


 それは魔族に対する支配のための儀式のようなものだった。


 ところが次の瞬間、ヒュブリス王の首は胴体から浮き上がり、宙を舞っていた。


 王の前にいた五人の近衛兵たちの首も同様に、集団での首だけのダンスをしているかのように舞った。


 その様子を見て、その魔族は微かに笑みを浮かべたと言う。


 その魔族は明らかに異質だった。


 魔王降臨。


 スタンピード。


 その魔族は魔王だった。


 魔王は魔界から大量の魔族、魔獣を召喚し、ヒト族の土地を蹂躙して行った。


 人々は虐殺され、喰われ、犯され、この世の終わりのような光景がそこらじゅうに広がっていた。


 やがて魔王や魔族たちは、魔獣を引き連れ、大陸の北方に居を構え、ことあるごとにヒト族を襲撃し、強奪した。


 財産も命も、価値があろうとなかろうととにかく奪った。それこそが魔族だった。


 この頃、ヒト族や魔族、魔獣との交配も行われ、ドラゴニュートや獣人のような亜人や、半魔なども誕生することになるが、多くは奴隷として扱われ、広く繁殖することも繁栄することもなかった。


 また、北方の地は強い魔素により、植物などの植生も大きく変化し、魔獣たちに住みやすい環境に変わっていた。


 同時に星々の膨張が収まり、自然災害も減少していった。


 実はこのとき世界の崩壊が回避されたのだが、どのようなメカニズムでそれがなされたのか理解できていたものがどれだけいたのかは不明だ。


 それ以前に、具体的にどのような危機が迫っていたのかも気づいていなかった者はほとんどであっただろう。


 しかし、少なくともエルフ族の王や幹部たちは世界の危機が迫っていたことを知っていた。


 彼らは預言書により、世界崩壊の危機と、危機回避に多くの魔族を召喚する必要があるいう預言を受けていたのだ。


 ヒュブリス王の魔族召喚は、エルフ族が唆したとされている。エルフ族は魔族を召喚することのリスクを十分認識しており、ヒト族を犠牲にすることにしたのだ。


 魔族の暴力は苛烈を極めていったが、皮肉にもそれまで紛争が頻発していたヒト族が魔族という共通の的に対し結束し、魔族からの防衛を始めるようになった。

 そこに一つの希望が訪れた。


 勇者召喚。

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