Day 1-7: 魔神の仕様

 ラズヴァンから受け取った設計書は、案の定、というべきか何箇所か削除したであろう痕跡が見られた。

 

 しかし、削除内容は推測できなかった。コンテキスト的に、あるいは論理的に他の部分と関連がないものと考えられる。とはいえ、ほぼ完全な形の設計書で、差し当たり必要な情報は手に入りそうだ。


 冒頭に3Dのハードウェア外観と図面があるのだが、人間の肉体を持っていた頃の合間祐一に似ている気がした。細かい目鼻口などの位置情報などだけ見ても違うものなのだが、なぜかそんな印象があった。


 それから俺の思考しているこの本体は、頭部に内蔵はされておらず、世界樹内のデータセンターに配備されているようだ。


 情報処理機構は、GPUとも全く異なる素材と作りではあるが、論理的にはニューラルネットワーク的なものがかなりの高効率で実行できて、かなりの小型化に成功しているようだ。


 しかし、いかんせん動力源のマナを大量に必要とするため、世界樹のマナを利用するのに、世界樹への直接接続が前提の設計だ。


 この身体の各センサーで知覚したデータは、ワイヤレスの魔導ネットワークを通じて、本体の脳に送られているようだ。


 身体やセンサーの駆動については、かなり省エネ化されていて、世界樹から漏れ出しているマナで十分賄えているようだ。


 マナのエネルギーを得た上で、身体の動作自体はマリアの魔術によって、動作ができるようになっている。


 モーターなどに駆動系に機械は備わっていない。通常のオートマタはルールベースで動作が決定されるが、俺の場合は脳部分からの信号によって、動作を決定できる仕組みになっていた。もし信号が遮断した場合、ルールベースでの動作で身体を動かすことも可能なようだ。


 ともかく、世界樹図書館の中にいる限り半永久的に動けそうだ。


 逆の見方では、世界樹に囚われているとも言える。ここから出たら何も機能しなくなるだろう。


 さて、護身用の武器はというと、実用的なのは「ネメシス」の方だな。両腕の各指の先に射出口があって、一つの指にマナを凝集させることで、強力なマナの弾丸を撃ったり、指の先で高速循環させて、ブレードのように使用することもできる。

 あるいは全ての指から一気にマナを放って広範囲に攻撃をしたりと、戦略的な使い方ができるため、まさに智の魔神向けと言ったところか。


 実用的なネメシスに比べて、「ラグナロク」はヤバいな。かなりヤバい。何でこんな兵器作ったんだ…俺がヤバい魔神だったら預言書のいう世界の危機そのものになるんじゃないか??


 設計書の内容は把握できた。いよいよ本での学習を一気に進めたいところだが、もう一つだけやっておかなければならないことがある。


 俺は会議室を出て、ブロックを探そうと思ったが、世界樹図書館の詳細なマップはもらっていなかったな。


 どの方向に行っても今の情報量ではブロックに遭遇する確率は一緒だ。分岐があるたび一つずつ潰していくしかない。


 と、すぐにフィオナに遭遇した。ラッキー。


「聞き取りは完了? じゃあ、学習を進めてもらえるのかしら」


「ああ。でも学習の前に、世界樹図書館内のマップをもらえるか?」


「地図ね」


 そう言ってフィオナは手早く端末を操作し、マップを送信してきた。今さらながら、テクノロジーに慣れきっているエルフってどうなんでしょう。


「あとブロックの居場所を知っていたら教えてくれ。知らなければ連絡方法を教えてくれ」


 ブロックの連絡先は知らないと答えられる確率は極めて高いが、連絡方法は教えてもらえるはずだ。


「正直、他の人たちとはあまり関わってほしくないんだけど」


「なぜだ? 嫉妬か?」


 そう言うとフィオナは一瞬ムッとした表情を見せた。


「そうよ。私だけの魔神さんでいてほしいの!」


 次の瞬間にはフィオナは笑顔を見せた。いくら推論力を高めても女性の心理や行動を推測する能力が上がらないのはなぜだろう。


 そう言いながら、フィオナは何かIDのようなものを送信してきた。


「ラズヴァンとマリアのデバイスIDよ。そのIDにコンタクトすれば連絡を取れるわ」


 ブロックのデバイスIDは知りたくもないから、どちらか経由で連絡しろということだ。


「ありがとう。なるべく君だけの魔神でいたいんだけど、世界の命運を担っている以上、ある程度の社会性が必要なもので、ごめんね」


「わかってるわよ! でも浮気は許さないからね!」


 何か胸が高鳴るやり取りだが、今はやらなければならないことがある。全てが終わったらフィオナをデートにでも誘おうーーとフラグっぽいことを考えてしまったが、魔神のプライドにかけてフラグはへし折ってやる。フラグ折り魔神と呼んでくれ。


 デバイス間通信については設計書に書かれていたから認識はしていた。設計書にマニュアルは付属していなかったが、俺の体に通信デバイスは内蔵されていて、操作も直観的に容易に推測できるものだった。魔族設計のシステムはユーザビリティも優秀だ。


「マリアか? ブロックの連絡先を教えてもらえないか?」


「えー、なんで私の番号を知っているのに、ブロックさんの番号は知らないんですかぁ?」


「いや、そこはいろいろあってね」


 フィオナのドワーフ嫌いは君たちの想像を超えるらしいな。


「そうですか。よく分からないですが、送信しておきます」


「ありがとう。ところで何も変わりはないか?」

「何がですか?」


「いや、ないならいいんだ」


 もうアンナのことは俺に話したから終わったことになっているのだろうか。


「ブロック、俺だ。オートマタのログを見せてほしいんだが、今いいか?」


「それがログなんじゃが……とりあえずこっちに来てくれんか? 作業ドックにおる」


 嫌な予感しかしないな。


 作業ドックに行くと、ブロックが、ミスリルのゴーレムに槌を小さくこづいているところだった。手術でもしているような様子だった。


「ゴーレムはどうだ?」


「ワシが作ったゴーレムだ。問題はない」


「硬いミスリルがそんな槌で整形できるのか?」


「ただの槌じゃない。微妙な力具合でマナを通してやると少しずつミスリル鋼の形を変形できるんじゃ」


「なるほど、興味深いな。ところで…」


「オートマタのログは消えてしまっとった」


 予想通りではあった。


「ログが消えることなんてあるんですか?」


「古いログはもちろん自動で消えていくんじゃが、新しいログはミスでも無ければ通常は消えんな」


「誰かは意図的に消した可能性もあるんだな?」


「そうじゃな。じゃが、オートマタが殺したのは間違いなさそうじゃ」


 ブロックがゴーレムの後ろに倒れているオートマタを指差す。


「オートマタのミスリルクローに新しい血痕の跡がついとるんじゃ。マリアが拭き取ったんじゃろうが、完全には拭いきれん」


「その血は間違いなくアンナのものなのか?」


「転移魔法で逃げた三人の他に侵入者はいない」


 状況的に刺されたのはアンナで確定ということか。犯人はログさえ消しておけば真相には辿り着けないと考えたのか。


 もう少し技術的な仕様を学習すればハッキングしてログも復旧できるかもしれないが、ログがどのような形式で保存されているのかも分からない…


「ログを消したのはマリアか?」


「そうかもしれんが、わしやラズヴァン、あのエルフでもログにはアクセスできるからの。わからん。それにリモートアクセスで別の者が削除した可能性もなくはない」


「そんなことができるのか?」


「もちろん可能じゃ。仕組みはわしには説明できんが、おまえさんが学習すればすぐわかるじゃろう」


 学習は進めたいのだが、こうも色々リアルタイムで何かが起きるとその時間もない。バックグラウンドのスレッドでCPUの空きがあるときに勝手に学習を進められるような作りになっていれば良かったのだが…


 マリアのデバイスにコンタクトし、ログの件を尋ねたが、マリアはログなんて消していない。マニュアルは面倒で読んでないから消し方も知らない、との回答だった…


 仮に消していたとしても、やましいことがあれば消していないと答えるしかないだろう。


 また改めて本での学習を進めよう。基礎知識を万全にすれば、また分かってくることがあるだろう。

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