第2話 契り

 自分の背丈ほどの草花を掻き分けながら、あてもなく歩き続ける。


 空からこぼれ落ちてきたのは、白にも黒にも見える雫。



 …わたし、泣いてるの?



 …


 冷たい。



 悲しい。



 ………寂しい。


 巡る感情の中、わたしの意識はいつしか暗闇に包まれていた。



 …そこで出会ったのは、とある一人の少女。


「あなたは…だあれ?」


 少女は手があるのかすらも分からない程大きなマントに、ボロボロのスカートという不気味な服装をしている。

 それはその少女が、"この世の者ではない"と感じさせるものだった。


 立派な鎌を構え、ニヤリと口角を上げる。


「死神さ。キミを迎えにきたんだ」


「死神?わたし、死んじゃうの?」


「なんだい。まだやり残した事があるのかい」


「やり残した事、というより…ただの夢だけれど………わたしは、誰かに必要とされたい。誰かを、救えるような人に、なりたい。そう、思ってる」


 死神はそれまでの不敵な表情とはうってかわって、ハッとしたような顔をした。


 なんだろう。

 わたし、変なこと言ったかな。



「ボクは……ずっと、孤独だった。だから…だから、ボクにはキミみたいな存在が必要なのかもしれない」


 急に何を言っているのだろうか…



 …やっぱり、わたし、変なこと言ったよね?

 次から、気を付けなきゃ。


「キミは、"契約"に興味があるかい?」


 次に死神の口から出てきたのは、聞き覚えのない言葉だった。


「契約…ってなに?」


「物は試しだ。今からボクと、契約してみないか」


「よくわからないけど……いいよ」


 そんな事を言ってしまったわたしを待ち受けていたのは、今までとは全く違う、新たな人生。

 希望への物語の、はじまりだった。




「これから、よろしく…ウラハ」


 色々あって、死神…ウラハとわたしは、一緒に行動することになった。

 こんな事は初めてだけれど…

 "この選択"が、うまくいくといいな。



 禁忌の森を抜ける為、ウラハに道案内をしてもらう。


 ほんとは、一度入ったら絶対に出てこれないと言われている森。

 逃げる方法なんて、ひとつもないはず。


 でも、ウラハはその方法を、知っていた。

 彼女はとても物知りみたい。


「ボク、今、すっごく嬉しいんだ…」


「どうして?」


「ボクの心に空いた隙間を埋めてくれる、ファルカという存在が見つかったから!」


 …そう。

 ちょっと、嬉しいかも。


 ウラハは、わたしを必要としてくれているって事でしょ?


 これで、夢のひとつは…叶った…のかな。


 次は…誰かを、助けなきゃ。


 人助け、好きなんだよ?

 わたしは、悪に染まった令嬢なんかじゃない。

 とーっても優しい心を持っているの。


 自分で言うのも、おかしいけれど。



 …光が見える。


 光。

 長い間浴びていなかった、暖かいもの。

 それを求め、ゆっくりと近づいてゆく。

 すぐそこにあるのは、禁忌から逃れる出口。


「あそこにツタがあるよね。そこ、せーので飛び越えてみないかい?」


 外との境目のように、地面に伸びる一本のツタ。


 何の為にそんなことを…と思いながらも、提案に乗る。


「…せーのっ!」


 ウラハは、ひょいっと、重さを感じさせない軽いジャンプをしてみせた。


 わたしは…


 跳ぶ時に自分の服に引っかかって、激しく転んでしまった。


 この服は動きにくいけれど、そもそもわたしは運動不足な所がある。

 家では運動する機会がなく、外にもあまり出られなかったからだ。


「だ、大丈夫!?」


「…うん」


 幸い、わたしは体が丈夫なようで、痛くはないし傷は一つもなかった。


「あの転び方でケガしないなんてスゴいね………ん?」


 ウラハが何かに気付き、わたしもその視線の先を見つめてみた。


 …都の方から、大きな煙があがっている。


 人々の悲鳴が聞こえる。

 そんな気もする。


「助けなきゃ」


 つい声が漏れた。


「うん、助けに行こう」




 わたしたちは煙の方向に向かって走りだした。

 また転んでしまいそうだけれど、今はそんな事を考えている暇はない。




 …もう10分ほど走り続けている。


 体力もすでに限界を超えていた。


 そこでウラハに、少しだけ休憩しないかと提案してみる。


「えー?いいけど……あそこにいるのって…」


 そう言われ、遠くをよく見てみた。


 何かが佇んでいる。


 わたしたちの身長と同じような大きさの、鳩…?


「あれは…晶魔獣だよ」


 再び聞いたことのない言葉が飛び出してきた。


「要するに、倒すべき敵!パパッとやっつけちゃおう」


 うーん…

 何となく、わかった、かも…?


 でも、わたしに戦う力なんてないし…


「ボクに任せてよ!戦闘はあんまりやったことないけど…大丈夫!!」


 …すごく、不安だ。


 いや…ここはウラハに任せておくべきなのかもしれない。


 だってわたし、ちょっと怖いから。


「じゃあ、ファルカもついてきて!少し離れた所で立ってるだけで良いからさ」


「うん」


 そしてわたしたちは、大きな鳩…"晶魔獣"に立ち向かうことになった。

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