シニガミ・ファルカ

ねねこおはぎ

第1話 暗がり

 人里離れた、暗い、暗い森。


 ……"禁忌の森"。


 少女はひとり、自分さえ見えない闇を彷徨っていた。


 息ができない。

 もうすぐ"心"が止まる。

 そんな気がしてならない。



 …わたしは、ずっと、誰かに必要とされたかった。

 誰かに、必要とされるような存在で、ありたかった。

 それなのに。



 …

 ……

 ………


 わたしの、16歳の誕生日。


「ファルカ、誕生日おめでとう!」


「おめでとう~!これ、プレゼント!」


「…ありがとう」


 両親から渡された、両手で抱えるくらいの大きさの、正方形の箱を受け取った。


 箱は、少し見慣れない見た目をしていた。




 …わたしは名家、ニヘルマキヤに生まれた娘・ファルカ。


 230年前、この世界では大きな戦争があって…色々な国が滅んだ。

 良い国も、悪い国も、ぜんぶ。


 荒れ果てた大地は、身体が植物になっていくという病が蔓延し、とても人が住める状態ではなかった。


 でも唯一、激しい戦争から生き延び、病も届かない国がある。


 …イグシス。


 そこは、みんなの生きる"希望"となった。



 戦争の後、とある科学者は"魔法"という力を生み出し、生活の質もぐんと上昇。

 ずっと昔にも、魔法と似たような"古代魔術"があったけれど…それはとっくの昔に失われたもの。


 わたしはその古代魔術を、みんなには内緒で勉強している。

 覚えたのは"心を癒す魔法"。

 この世界から壊れた心をなくしたいの。わたし。


 …魔法の力で栄えたイグシス。

 その統治は、三大貴族のうちの一つ、ドゥリソラス家が行っていて…

 同じく三大貴族であるわたしの家…ニヘルマキヤ家は、その座を狙っているみたい。


 最後の三大貴族、アルノーア家についてはよくわからないけれど…わたしの家とは昔から仲良くしてくれている。




 誕生日プレゼント…うれしいな。


 去年の誕生日は指輪だったから、手のひらぐらいの小さな箱だったけれど…

 今年は両腕で抱えるほど大きい。何が入っているのだろう。



 誕生日プレゼントにしては無骨で重々しい箱。



 何が出るかな、と想像しながら開ける。


 お裁縫セット…?


 それとも…大きなくまさんとか?



 …糊を剥がすのに数分は格闘していた。


 手がべたべたになった頃、ついに箱が開いた。



 わくわくして中を覗いたら……


 また箱。



 箱を開けたら………


 これを三度ほど繰り返した。



 大きなくまさんが入りそうなほど大きかった箱は、今は両手ですっぽりと包めるほどになっていた。


 面白いと思う人もいるかもしれないけれど、こんな事をされては、わたしはちょっとワクワクが薄れてきてしまう。


 でも両親が選んできてくれたものだ。

 きっととびっきりの幸せが詰まっているに違いない。


 最後の箱の中にあった小さな袋から、"プレゼント"を取り出す。



 …


 ぬいぐるみが出てきた。


 気だるげに手をぶらんぶらんさせ、足には全然中身が入っていない。

 すごく…ぐったりとしたクマ。


 たしかにくまさん、欲しかったけれど…


 …小さい。


 両手では持てないほど、小さい。


 そしてコットンのように軽い。



 テーブルに乗せてみたら、自立もできないようで、後ろにぱたりと倒れてしまった。


 それを見たわたしは、なぜか一瞬、自分を見ているようだと思ってしまう。


 どうして。




「これ…本当に、プレゼント?わたしの?」


「そうよ!わざわざここから一時間かかるお店に買いに行って~」


 と、言いながらお母様は、わたしから視線を外す。



 わざわざ…

 娘の誕生日プレゼントで、そんな事、言うかな…?

 一時間っていうのも、わたしを本当に愛しているなら苦じゃないはず。


 いつもは、もっと良いものを貰えてた。



 なんか…おかしい。


 …


「お母様……」


「なあに?ファルカ」


 呼んでも反応はするけれど、お母様はこちらを見ない。


 それどころか、返事をするや否やお父様と会話を始めた。


 今までずっとわたしの話を聞いてくれていたのに。


 どうして?

 もうわたしには、興味がないの?


 ………



「………わたしの誕生日、本当は…めんどくさいなんて思ってる……そうでしょ」


 両親の動きがピタリと止まった。



「わたしが大人になったから…もう誕生日プレゼントなんてあげなくてもいいって…」


 ようやくお父様とお母様がわたしを見てくれたの。

 うれしい。

 でも…



 …一呼吸置いてから、お母様は言った。


「な、何を言ってるの?ファルカは自慢の娘なんだから、そんな事…ぜーんぜん思ってないわ」


 わたしに、自慢の娘に、嘘をつくの。

 みんなの心は、もう壊れてしまっているのね。


 …直してあげなきゃ、元の心に。

 楽しかった頃に、戻してあげなきゃ。


 そうだ、あの事も伝えたいな。



「わたしは…隠れて古代魔術…"心を癒す魔法"をたくさん、勉強していたの。でも、ニヘルマキヤのみんなは、魔法をこの世界からなくしたいと思っ…」


「ファルカ!さっきから一体何を言ってるんだ!」


 お父様が急に物凄い剣幕でまくしたてる。

 次の瞬間、お母様は何かに気付いたようにわたしを指差して言った。



「こ、この子…私たちの心を読んでるのよ!」


 両親の顔つきが一気に険しくなる。


 向けられた視線は、怒りや驚き、恐怖までも感じられた。


「魔女よ…魔女なのよ!こんなもの、早く棄てて!早く!!」


 ああ…ひどい壊れようね。


 わたしの家が魔法を嫌っているのはわかっていた。

 だから、夢のための古代魔術の勉強も、隠れてやっていたけれど…


 このまま、棄てられてもいいかも。

 だって、外に出たら、もっとたくさんの心を直せるでしょ?



 …両親が叫んでいると、すぐに二人の使用人がやってきて、わたしの腕と腕を力強く掴んだ。


 痛いな。痛いな。


 どこへ連れていく気なの。




 …しばらくして、鬱蒼とした場所に連れて行かれた。


 使用人たちはわたしを雑に放り投げ、最後まで一言も発さず帰っていった。


 ようやく自由になり、あまり見えていなかった周りを見渡す。



 …本で見たことがある。


 ここは…"禁忌の森"ね。

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