盤上のメルヘン 第一幕 見習い戦士の章

行條 枝葉

(1)見習い戦士の章

 ようこそ人の世の子どもたち。

 私はゲーム盤の欠片から生まれた【ゲームマスター】のワイオアルユ。

 キミたちを盤上に誘う者だ。

 何、情報量が多い? 

 子どもはハッキリ言うね。

 ゲームマスターとだけ覚えてくれればいいよ。

 さっそくだがまずはプレイヤー名を決めてくれ。

 一度人間の名前は忘れてもらうが、ゲームが終われば思い出せる。

 ……。

 あらかじめ伝えておいた宝物は用意してくれたかな? 

 盤上においてキミたちの武器となる。

 ……。

 続いて、キミたちが最初に降り立つゲーム盤を選ぶんだ。

 ……。

 最後に【役職】を与える。

 戦士とか魔法使いとか、キミたちもよく知るファンタジーな世界の職業だ。

 とはいえ、人間が最初に与えられる役職は【見習い戦士】だと決まっている。

 新たな役職は盤上で、キミたちの素質、望み、状況次第で得られるだろう。

 ……。

 準備はそれくらいだ。

 それでは始めよう。

 ゲームスタート!




 盤上にも人の世と同じように公園がある。

 そして人の世と同じようにはしゃぎ声で賑わっていた。

 アーサーは公園の光景を見て笑いが込み上げた。

 公園の連中はみんな同じ背格好をしている。

 武器と防具を身に付けた、頭でっかちでずんぐり体型の二頭身。

 武装したドラえもんみたいだ。

 こいつらは人間ではない。

 大きさの決められた駒なのだ。

 今は自分もそうだと思い知らされる。

 アーサーという名前も、ゲーム用に与えられた本名とは別の名前。

 人間だった頃の名前は記憶の奥でぼやけていて、今はアーサーという名前の方が自然に受け入れられる。

 背格好は同じでも……侍や魔法使い、サイボーグや動物の着ぐるみなど、服装は様々だ。

 同じ見た目をした駒はそういない。

 そして誰もが何かしらの武器を身に付けている。

 アーサーの腰にも使い慣れた金色の剣が下げられている。


 広過ぎると言ってもいいくらいの広場には、ドッジボールが出来るくらいのフィールドが十ヶ所ある。

 フィールドで行われているのは遊技闘。

 名前の通り遊びと戦いが混ざった競技。

 盤上ではこの競技で強いものほど偉いのだと、ゲームマスターが言っていた。

 空いてるフィールドもあるが、何十人もの駒が集まって盛り上っているフィールドもある。

 その人気のフィールドに、アーサーはギャラリーの隙間を縫って近付いた。

 前の試合が終わり、次の試合が始まろうというところだ。

 八人の駒が配置に付き、四人ずつ分かれて向かい合っている。

 このゲームではチームのことをパーティと呼ぶ。

 四人一組、ふたつのパーティが競い合う競技だ。


 フィールドの形はドッジボールのコートに似ているが、当然違うものだ。

 両陣営を分ける中心のラインには腰の高さほどのネットがかけられている。

 そこから二メートル弱のエリアが白兵戦エリア。

 その外側二メートル強が前衛エリア。

 さらに外側五メートルが後衛エリア。駒が動き回れるフィールドがそこまで。

 さらに後ろにはゴールマットと呼ばれるサッカーゴールほどある大きなマットを立て掛ける。

 改めて見ると、全然ドッジボールのコートには似ていない。


 アーサーは頭の中で遊技闘のルールのおさらいした。

(最初は四人対四人でゲームを始める。そして、一人につき一〇〇ポイントの体力値を持つ)

 ネットを挟んで対峙する八人の駒はみんな奇抜な格好をしている。

 アーサーから見て右側のパーティには【剣士】【狩人】【格闘家】【狂戦士】の四人。

 左のパーティには【槍兵】【魔法使い】【盾兵】【猛獣使い】の四人。

 露骨なほどファンタジーゲームに出てきそうな連中ばかりだ。

 そういう自分も、左右を黄色と緑に分けられた服を着せられて、白いヘルメットにマスクをつけた【見習い戦士】専用の格好をしている。

 ゲーム開始。

 何もない空からバスケットボールサイズの白いボールが落ちて来る。

 剣士と槍使いが我先にとボールに向かって駆け出して、フィールドの中心でぶつかり合った。

 リーチの差分槍兵が速かった。

 観客が沸き立つ。

 槍がボールを突き刺した。

 かと思うと、ボールは槍の形へと変化し、剣士の胸を貫いた。

 剣士に五〇ダメージ。

 また歓声が上がった。

 剣士は一度引き下がる。

 胸に刺さった槍が消え、胸に空いた穴もすぐに塞がった。

(刺さった……ってか貫いた! 血は出てないが、痛くないのか?)

 アーサーはたまげたが、剣士はすでに臨戦態勢を取っている。

 駒というのは人間であれば死ぬような怪我をしても、戦いに支障は出ないらしい。

 自分の体でも大丈夫だろうか、とアーサーは胸を擦る。

 攻撃権は基本的に攻撃を食らった側にある。

 格闘家が拳を掲げて合図をすると、再び空からボールが降ってきた。

 格闘家がボールを殴ると、ボールはゲンコツとなって相手のフィールドへ飛んだ。

 クマの着ぐるみを着た猛獣使いが手で弾き落とす。

 爪付きの手袋……アレが猛獣使いの武器であるようだ。

 フィールド中央ではネットを挟んで剣士と槍兵の攻防が始まった。

 槍兵の槍が剣士の腹を貫いた。

 剣士がその場に崩れ落ちる。二〇ダメージ。

 こういった光景はこの先何度も見ていくことになるのだろう。

 早く慣れなければ。

(ボールを当てた時のダメージは五〇、直接攻撃によるダメージは二〇。全ての体力値を失ったら脱落だ)

 遊技闘の基本ルールは把握している。

 盤上に降り立つための条件なのだ。


 ゲームは中盤まで進んだ。

 いまだ槍兵と剣士の白兵戦は続いている。

 剣士の後方で、狩人がナイフを振り上げボールを打つ。

 ボールは鋭い刃に形を変えて相手の魔法使いへと迫った。

 盾兵が割って入り攻撃を防ぐ。

 ボールは元の球体に戻り宙に弾かれる。

 魔法使いが杖でボールを打つ。

 ボールは炎をまとって格闘家に迫った。

 素手で防ぐことはできず、格闘家の体が燃えた。

 ダメージが発生する毎に歓声が飛ぶ。

 このダメージによって格闘家は体力値を全て失った。

 魔法……すんなり受け入れられる。

 これだけファンタジーな世界で魔法がない方が不自然だろう。

 ゲームの世界だし。

 それから間もなく、槍兵が再び剣士を突き刺し倒す。

 また歓声。

 二人の駒が脱落。

 アーサーから見て右のパーティが不利になる。

(どちらかが全滅したら決着だ。この人数じゃ、逆転するのは難しい。勝負あったか?)

「もうダメだ……将吾、頼む!」

 狩人がこれまでフィールドの隅で動かずにいた駒に助けを求めた。

 将吾と呼ばれた駒が、ゆっくりとフィールドの中心に歩んだ。

 黒い道着を着ている。

 所々破けていて赤い繊維が逆立っている。

 同じ色彩の覆面で頭を覆い、怒りに燃えた目をしていた。

 二頭身だから迫力に欠けるが、他の駒より貫禄はある。

 石を詰めた皮袋が将吾の武器のようだ。

 重そうだが軽やかに振り回している。

(あれで殴られたくないな……強そうだが、何で最初から戦わなかったんだ?)

 ゲーム再開。

 将吾がボールを打つ。

 ボールは岩となって盾持ちに迫る。

 岩が木を打ち砕く音がして、盾兵は吹っ飛ばされて脱落した。

 その後も将吾が武器を振る度に痛そうな音を立てて相手の駒が倒れていき、怒涛の勢いで勝負は決した。

 観客も応援を忘れ息をのみ、静まり返った広場に遅れて拍手が響いた。

(強い。動けば勝ちが確定するほどに……だから、最初は手を抜いて動かなかったのか……将吾といったか。仲間にするならこいつだな)

 将吾は左右の手で盾兵と魔法使いの胸ぐらを掴んで掲げた。

 勝利のポーズだ。

 周囲に力を誇示していた将吾がこちらを向く。

 アーサーと目が合うとその手を下ろした。

 睨み付けられていた。

 敵意を感じる。

 将吾とは初対面だし、盤上ではまだ誰かに恨まれるようなことをした覚えはない。

 が、これからもしないとは言えない。

 敵意に応えてアーサーも睨み返した。

「一人か」

 将吾がたずねる。

「そうだが」

 アーサーが答えると将吾はそっぽを向いた。

 拍手が鳴り響く中だったが、将吾の声はハッキリ聞こえた。

「おまえが臆病者でないのなら、パーティを作って挑んでこい」

 観客の群れの中に消える将吾の背中を見届けて、アーサーもフィールドから離れた。

 なんで敵意を向けられたのかわからないし、指図されるのも気に入らない。

 仲間にしたいと思ったがムカつく奴なら話しは別だ。

 だけどケンカを売られるのは嫌いじゃない。

 せっかくのゲームだ。倒すべき敵がいるのはありがたい、と思うことにした。

(遊技闘に参加するにはパーティを作る必要がある。最低でも四人。多くて八人。難しくはないはずだ。ここはそういう世界だ)

 アーサーは広場よりも多くの駒がいる遊具のエリアへと向かった。

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