第51話 鋼のシナプス

 地下の隠れ家に、重い駆動音が響き渡った。

 カイが持ち帰った自律運搬ドローンが、二つの軍用コンテナを降ろす。

 リアは、待ちきれない様子でコンテナのロックを解除した。プシューという音と共に、冷気の中から現れたのは、虹色の光沢を放つ結晶体と、複雑な回路が封入された黒いプロセッサユニットだった。


「……間違いない。『イリジウム高密度結晶体』に、『第伍世代ニューラル・プロセッサ』だ」


 リアの手が、震えるように結晶体に触れる。


「……これで、再生に必要な『核』は揃った。残りの雑多な消耗品は、この隠れ家の廃材でなんとか代用できる」


 彼女は振り返り、オイルと硝煙の匂いを纏って帰還したカイを見た。


「……見事だ、カイ。お前が稼いだ時間と素材で、あたしの準備も整った」


 リアは、工房の中央、仮設のクレードルに固定されたレクス7を指し示す。

 その機体は、すでに大きく姿を変えていた。

 胸部の装甲は剥がされ、以前カイが命がけで手に入れた「共振性チタン合金」が、新たな骨格として組み込まれている。そして、その深奥には、オークションで競り落とした「量子カスケード変調器」が、心臓コアに直結されていた。


「あとは、血管と神経を通すだけだ」


 リアの作業は、神速だった。

 イリジウム結晶体を液状化させ、それをナノマシンで編み上げることで、光ファイバーよりも遥かに伝達速度の速い「神経網」を作り出す。

 それを、ニューラル・プロセッサを介して、レクス7の全身へと張り巡らせていく。


 カイは、その光景を黙って見つめていた。

 それは修理というより、新たな生命を創造する儀式のようだった。

 数時間後。最後の装甲版が閉じられ、作業は終わった。


 目の前に立つレクス7は、以前のボロボロだった旧式機とは、纏う空気がまるで違っていた。

 外見は変わらない。だが、その内側には、最新鋭の技術と、禁忌の素材が満たされている。

 眠っているだけで、肌が粟立つような威圧感プレッシャーを放っていた。


「……完成だ」


 リアが、額の汗を拭いながら言った。


「物理的な接続は完璧だ。だが、こいつはまだ『死体』に過ぎない。魂が入っていないからな」


 彼女はカイに、真新しいパイロットスーツを投げ渡した。


「着ろ。……これには、お前のバイタルを常時監視し、精神汚染の兆候があった瞬間に、強制的に神経接続を遮断するブレーカーが内蔵されている」


 カイは黙ってスーツに袖を通す。

 それは、ただの服ではない。彼を「あちら側」へ行かせないための、命綱だ。


「カイ、忘れるな」


 コクピットハッチが開く前、リアが真剣な眼差しで告げた。


「以前の失敗は、お前が『力』でねじ伏せようとしたからだ。だが、今のレクス7には、お前の思考を受け止めるための『プロセッサ』と『神経イリジウム』がある。……戦うな。受け入れろ。お前とこいつは、二つで一つのシステムになるんだ」


「……ああ」


 カイは頷き、ハッチへと足をかける。

 恐怖はない。あるのは、静かな高揚感と、使命感だけだ。


 シートに座り、ヘルメットを装着する。

 プシュウゥゥ……。

 ハッチが閉まり、完全な暗闇と静寂が訪れる。


「システム、起動。……同調シンクロ開始」


 カイの呟きと共に、ニューラル・インターフェイスが彼の延髄に接続された。

 瞬間。

 カイの視界が弾け飛び、彼の意識は再び、あの深く、冷たい情報の海へとダイブした。


 ――来い、アステル。


 闇の底から、懐かしくも恐ろしい声が、カイを呼んでいた。

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