第5話 招かれざる者



カイはギアの出力を落とさぬまま、新たなプレイヤーの登場を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。

 廃工場の静寂を破るのは、拘束されたカスタムギアから漏れるモーターの呻きと、天井クレーンの電磁石が発する低周波の駆動音だけだ。


 カイを捉えていた調停者のリーダーらしき人物の赤い単眼スコープが、ふいと外れる。

 彼は無言で手信号を送り、部下たちが一斉に行動を再開した。一人が男のギアの首元に特殊な装置を取り付けると、それまで必死に抵抗していた機体は、まるで電源を落とされたかのように完全に沈黙した。その手際の良さは、軍の特殊部隊を思わせる。


「馬鹿な……俺のギアが……! やめろ、貴様らには何の権限も――!」


 男の通信が途中で途切れる。コックピットを強制的にロックされたのだろう。


 完全に獲物を無力化したリーダーが、再びカイに向き直った。

 ヘルメットのスピーカーから、合成音声のような、感情の読めない声が響く。


「……そこの旧式。お前はリストにない」


 その言葉の意味を、カイは瞬時に理解しようと努めた。

 リスト。それは、彼らの「審判」対象が記されたものか。


「リストにない、だと? こいつを追っていたのはあんたらか」


「質問に答える義務はない。我々の邪魔をしないのであれば、見逃す。5秒以内にここから去れ」


 一方的な通告。交渉の余地は微塵も感じられない。

 カイの背後には、彼が飛び込んできた大穴が開いている。逃走ルートは確保されていた。


《推奨行動:即時撤退。当該勢力との戦闘は現時点での最大リスク》


 HUDの警告が、冷たい事実を突きつける。

 カイの人間不信な心が警鐘を鳴らす。関わるな、と。こいつらは、あの男以上に危険な連中だ。利用価値がなければ、次の瞬間には排除される。


「……恩に着るぜ」


 皮肉を込めて吐き捨て、カイは機体を後退させた。

 だが、その時だった。


「……させるかぁっ!」


 完全に沈黙したはずのカスタムギアの各部から、甲高い警告音と蒸気が噴き出した。

 強制ロックへの最後の抵抗か、あるいは罠か。男が自爆シーケンスを起動させたのだ。


「チッ……!」


 調停者のリーダーが、初めて焦りの混じった舌打ちをする。

 部下たちが一斉に後退し、エネルギーシールドを展開するが、間に合わない。


 カイは咄嗟に判断した。

 逃走ではない。目の前にあった、プレス機の巨大なアームの残骸を蹴り飛ばす。

 計算も何もない、ただの反射行動。

 重さ数トンの鉄塊が、爆心地となるカスタムギアとの間に滑り込み、即席の遮蔽物となった。


 直後、閃光と轟音が廃工場を揺るがす。

 爆風がカイの機体を叩き、鉄塊の盾越しに凄まじい熱が伝わってくる。


《警告! 複数個所に熱的損傷! 装甲損壊率、28%!》


 視界が回復すると、そこには黒焦げになったギアの残骸と、爆風で体勢を崩した調停者たちの姿があった。彼らの何人かは、カイが作り出した盾のおかげで直撃を免れている。


 リーダーの赤いスコープが、再びカイを捉えた。

 その視線には、先ほどまでの無機質な光とは違う、戸惑いと……あるいは、興味のような色が宿っていた。


「……なぜ、我々を庇った?」


 合成音声が問う。

 カイは損傷した機体を軋ませながら、ゆっくりと立ち上がった。


「勘違いするな。お前らを助けたつもりはない」

 カイは操縦桿を握りしめ、言葉を続ける。


「ただ……俺の獲物を、勝手に横取りされたのが気に入らなかっただけだ」


 嘘だった。

 なぜ咄嗟にあんな行動を取ったのか、自分でも分からなかった。

 だが、この得体の知れない連中に、自分の本心を見せる気など毛頭ない。


 カイは背を向け、今度こそ廃工場から離脱する。

 不思議なことに、調停者たちは追ってこなかった。

 ただその赤い目が、遠ざかる旧式のバトルギアを、静かに見送っているだけだった。

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