第52話 THE UNCONQUERED STAR
「あっけない最期だったな」
酷薄な笑みを浮かべそう言うと、刃を引き抜く。
天平は力なく落下。
皎はそれを見もせず、純礼に視線を移す。
「次はお前だ。女」
翼をはためかせ、純礼の元へと飛行する。
しかし次の瞬間、彼の後方に黄金の光の柱が立ち昇った。
「なんだ……?」
動きを止めて、それを見やる皎。
やがて光の柱が消えると、中に一人の男が現れた。
それを見て、皎は眉間に深く皺を寄せる。
「しぶといな」
現れたのは天平。
刺し傷はそのままに、しかしまったく無事といった様子で宙に浮かんでいる。
身体を包む光も戻っており、心なしか輝きが強まっているように見える。
「心臓を刺したはずだがなぁ。本当に人間か?」
皎の問いに、天平はなにも答えない。
皎はふんと鼻を鳴らし、天平に対して向き直る。
「なら、次は首を刎ねてやろう」
そう言って接近。
首目がけて刀を振るう。
その刃を天平は右手で簡単に受け止める。
「なにっ!?」
刀を軽々と受け止められ驚く皎。
引き抜こうとするが、天平の握りしめる力に敵わない。
『首を刎ねるだと?』
「──っ!?」
皎の全身を強烈な悪寒が襲う。
咄嗟に身体が飛び退く。
刀は先ほどまでの苦労が嘘のように、簡単に天平の手から抜け出た。
「なんだ……? いや……誰だ?」
皎は直感で確信した。
目の前にいる男は先ほどまでの男とは違うと。
姿は同じ、声だって同じ、だが
なんの根拠もなく、しかし間違いなくそうだと思った。
そして目の前の男は、それを肯定するように満足気な笑みを浮かべる。
『誰の
その言葉に皎は刃を振り上げ、そして下ろす。
そうして放たれた斬撃を天平は片手で弾く。
「なっ!?」
まるで蝿でも払うような仕草で斬撃を弾かれ、皎は目を見開く。
一方の天平は笑みを浮かべたまま動かない。
皎はさらに上昇し、天平に向けて高速で何度も刀を振るう。
無数の斬撃が放たれる。
天平は相変わらず空中に棒立ちだが、虚空に突如光が現れ、光線となって放たれた。
それは皎が放った無数の斬撃をかき消し、なお進み、皎に直撃。
「ぐっ……おおおおおおっ!」
斬撃と皨の能力で大幅に減衰されているにも関わらず、皎に少なくないダメージを与える。
皎は翼をはためかせ、空を駆ける。
その彼を囲むように、虚空に光が現れる。
──どこからでも光線を撃てるのか?
自身に向けて一斉に放たれる光線をかわしながら、皎は
その間にも光線の数は増えていき、遂に皎を捉えた。
「っ! がああああああああああっー!」
光線の直撃を受ける皎。
皨の能力で威力の九割を減じているはずのその攻撃はしかし、戦いが始まって以来の大ダメージを皎に与えた。
全身から黒煙が上がり、意識が一瞬飛びかけ、刀も手放してしまう。
尚も光線による攻撃は続く。
「ぐぅぅぅ! 皨!」
光線を掻い潜るように飛行しながら、神さびた刀の名を呼ぶ。
その瞬間、天平が不愉快そうに眉をひそめた。
刀はひとりでに動き、皎の手に戻る。
『わきまえろ。
まるで言葉そのものが重力になったかのように、皎にのしかかる。
いつの間に移動したのか、天平は皎の遥か上空にいた。
『天において、星とはこの俺ただ一人だ』
その言葉と同時に、空から無数の星が降り注ぐ。
莉々紗の"
天を埋め尽くし、大地を蹂躙する。
「う……おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
懸命の回避を行う皎だが、雨のように降り注ぐそれをかわし切ることはかなわず、撃ち落とされた。
その星は純礼にも迫る。
「くっ!」
純礼は莉々紗相手にやったように花びらの壁でガードしようとする。
だが防ぎきれない。
被弾する。
純礼はそう判断し、抱きかかえている莉々紗を守るように覆いかぶさる。
そこに、
「"翳月"」
黒い靄が飛来した。
純礼のいる場所を完全に覆い隠すそれは、さながら黒雲のようで、降り注ぐ光線を呑み込み消し去った。
「よう。どういう状況だ?」
「隊長……」
現れた喬示を見て、純礼は安堵したような表情を浮かべる。
「天平の奴はなにやってんだアレ」
「敵に刺されてから……明らかに人が変わったように……」
「暴走状態ってことか?」
「確かに覚醒した時と似てはいます……」
喬示と純礼は揃って上空に視線を向ける。
復帰してきた皎を天平が相変わらず蹂躙している。
「お前、アレをシバいて連れてきたのか?」
「いえ……。私が戦った時より格段に力が増しています。それに以前は完全に意識を失っていましたが、今は明らかに別の人格が認められます」
「明星の意識が天平の身体を乗っ取ってるってのか? あり得ねえだろ、普通」
「私が今朝戦った少女も憑霊に意識を乗っ取られているようでした。ただ、別の人格が現れるようなことはありませんでしたが」
「なにがなんだか……」
ほとほと困り果てたように喬示が言う。
彼もこんなケースを見るのは初めてのようだ。
「どうしますか?」
「……とりあえず、決着がつくまでは様子見だ。天平が勝つだろうが、その後こっちに襲いかかってくるようだったら……」
「くるようだったら?」
純礼が不安気に問う。
喬示は上空を見上げたまま、なにも答えなかった。
一方の上空。
無数の光線が夕空を照らしながら乱れ飛ぶ。
「うおおおおおおおおおっ!」
それを懸命に回避しながら皎は飛ぶ。
すでに彼は血だらけだ。
皨のダメージ低減能力がなければ、とうに灰になっている身体に鞭打って、翼をはためかせ続ける。
「──っう!?」
次の瞬間、皎の左目に激痛が走る。
瞼を一度閉じて開く。
しかし左目はなにも見えない。
天平を見ると、彼の右手に──眼球があった。
それを見て皎は自分の左目に触れる。
ごつごつした手触り、石がそこにあった。
位置交換能力により石と左目の眼球を入れ替えられたのだ。
どっと汗が噴き出す。
身体の部位まで入れ替えることが出来るのだ。
やろうと思えば、あの眼球を心臓と入れ替えられるだろう。
だが、天平にそれをする素振りはない。
遊んでいる。
皎はそう確信した。
ならばまだ、勝ちの目はある。
刀を強く握りしめる。
ここまでに受けた攻撃の威力の九割が、この刀の攻撃力に加算される。
それを受ければ、ただでは済まない。
確実に当てるため、斬撃を飛ばすのではなく、直接に斬りかかる。
皎はそう決め、翼をはためかせた。
光線をかわしつつ、天平に迫る。
天平は相変わらず余裕の笑みを浮かべたまま動く素振りを見せない。
皎は天平の背後に回り込み、刃を振り下ろす。
──とった!
『"
刃が当たる寸前、天平がなにかを唱える。
「なに……?」
刃を振り下ろした皎が戸惑う。
天平の身体を斬り裂く筈の刃が、彼の身体に触れないぎりぎりの場所で静止している。
──どうなってる?
刀をぐぐっと押し込もうとするが、まるでそこが行き止まりであるかのように、刃は進まない。
二人のさらに上空にある明星の中心部にある宇宙空間。
そこに一際大きな二つの星が輝いている。
それは天平と皎に対応した星であり、ぎりぎり接触しない距離に並んでいる。
この星同士の状態が天平と皎の状態に反映されているのだ。
中国の古代占星術であり、天上と地上をいくつかの区画に分けて対応させる。
そして天上で起きた天体現象を以って、対応する地上の吉凶を占うというものだ。
この根幹にあるのは、天で起きる事と地で起きる事に相関があるという思想だ。
天平が今しがた行使した能力は、まさにその思想を現実化している。
明星の宇宙空間で起きる天体現象が、そのまま地上に反映されるのだ。
「なにが……!」
未だなにが起きているか理解できない皎。
何度も何度も斬りつけようとするが、天平の身体に触れるぎりぎりのところで刀が静止する。
『墜ちろ。虫螻』
天平が呟くと、宇宙空間の皎と対応した星が何十倍にも輝きを増す。
次の瞬間、皎は全身に大火傷を負い墜落する。
「……なに……が?」
今起きた天体現象は新星爆発と呼ばれる、白色矮星の表面に積もった水素が核融合反応を起こして爆発する現象だ。
これが皎に対応し、彼の全身を焼き焦がした。
皨がなければ消し炭になっていただろう。
「かっ……あ……はっ!」
地上に落ち、息も絶え絶え。
それでも刀を杖替わりに立ち上がる。
そこに、天平がゆっくりと降り立つ。
笑みを浮かべたまま、トドメを刺すためか、ゆっくりと歩み寄る。
その途中で、ピタッと動きが止まった。
『……お目覚めか。まぁ、良い。あの羽虫も余力はあるまい』
そう言うと、次の瞬間、天平から放たれていた禍々しい霊気と雰囲気が消える。
「はっ……はっ……なん……?」
膝から崩れ落ちる天平。
刺された胸を押さえるが、血は止まっている。
「元に……戻ったのか? 一体何者だ? お前……」
それを見た皎が言う。
天平は皎に視線をやり、ぎょっとする。
皎は全身に火傷を負い、純白の翼は黒ずんで、炭のようにぼろぼろと崩れている。
生きているのが不思議に思える状態の皎に、天平はしばらく声が出なかった。
「……俺がやったのか?」
「記憶がないのか……」
天平の質問には答えず、皎は天を仰ぐ。
──高嶺喬示が戻って来ているな。ここまでか……。
自身の命運が尽きたことを悟る皎。
そっと、刀を首に添える。
「おい……!?」
「お前たちの勝ちだ。勝っても得るものが無いんじゃ憐れだから一つ情報をくれてやる」
「よせ!」
「俺たちの組織の名は
皎はそこまで言うと、刃をそっと首に押し当てる。
そこから首筋に線が走り、血が噴き出した。
倒れ込む皎。
蠱業物がなぜ担い手を斬れるのか。
それは分からないが、確かに皎は自身の刃で喉を裂いた。
皎の脳内に走馬灯のように様々な映像が浮かんでは消えていく。
二十年にも満たない短い人生の断片。
最後に浮かんだのは、父と慕う男でも、殃祚の仲間たちでもなく、自分に一欠片ほどの愛情も与えてはくれなかった、憎いはずの母親の顔だった。
「そんな……くそ! っ!」
「おっと」
皎に駆け寄ろうとする天平。
しかし身体は限界を越えており、まともに歩けず、前のめりに倒れ込む。
それを喬示が受け止めた。
「隊長……!?」
「よう。しんどそうだな」
喬示の視線は、天平の背中の傷に向けられている。
「隊長……俺……」
「話は後だ。今は休め」
喬示がそう言うと、天平は気絶するかのように眠りについた。
☆
現世に戻った喬示たち。
間世の方では施設は跡形もなく吹き飛び、山の地形すら変わっていたため、適当な場所から戻ってみたら施設から遠く離れていた。
施設には野津と支部からの応援で来た人員が待機している。
今はそこに向けて歩いている。
喬示は天平を、純礼は莉々紗をおぶって山道を歩く。
純礼は前方を歩く喬示の背で眠っている天平をじっと見る。
──あれは一体なんだったのかしら……。
先ほどまでの天平の様子と圧倒的な力を思い出す。
あれが一体なんなのか見当すらつかないが、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
「っ!」
スマホの着信音が鳴り響く。
莉々紗のスマホだ。
純礼には知る由もないが、これは野津からの着信に設定されたものだ。
流れるのは、世界でもっとも有名な童謡の一つ。
星に関する歌で、アニメ『魔法少女ティンクルいろは』でも度々使用されている。
薄暗い山道に朗々と歌が響く。
『
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