黒布と指
もっぷす
自動販売機
深夜一時過ぎ、駅前の自販機で水を買う。
硬貨を入れた瞬間、隣の空き缶入れの中から黒い布がふわりと出てきて、私の膝に落ちてきた。慌てて払いのけると、その布の端から、濡れた小さな指が覗いていた。
まさか本物の指ではないだろう。しかし気味が悪い。早くここを立ち去ろう。
私は自販機の返却レバーに指を掛け、硬貨を取り出す。金属が返却口に落ちる高い音とともに、ボタッ、と生々しい音がした。
私は恐る恐る返却口を覗き込む。そこには濡れた硬貨と一緒に、切断された指がひとつ、血を滴らせながら転がっていた。息を呑んだ瞬間、背後から「それ、落としたよ」と低い声がした。
驚き振り向いてしまった。
誰もいない。虫の鳴き声が聞こえる。不快な静けさだ。私はたまらず走り出した。家まで全力で走る。自分の不規則な呼吸音が耳障りだが、はっきり声が聞こえるのだ。
「落としたよ」
玄関の鍵をがちゃがちゃ回し、なんとか中へ飛び込む。
扉を閉めた瞬間、ポケットが重くなっていることに気づいた。
震える指で中を探ると、あの血で濡れた指が、ぬるりと私の掌に収まっていた。
指の断面からはまだ血液が流れ出ている。粗末に捨てることも躊躇われ、私は茫然と立ち尽くしていた。
手から血が溢れる頃、インターホンが鳴った。出てはいけないと直感が告げる。息を殺し、気配を消す。
インターホンは鳴りやまない。
五回目でようやく静まり返った。安堵した瞬間、「ガサリ」とポストの音。見に行くと、黒い布が封筒のように畳まれていた。中には紙片が一枚。「返して。あとは九本」
私は震える手で指を布に包み、郵便受けから外に押し出す。渡せるものはこれしかない。
外は静かだった。
郵便受けの隙間から覗くと、目が合った。
腰を抜かしたとき指が冷たいものに触れた。黒い布に入っていたのだろう。剃刀だった。
黒布と指 もっぷす @Mopsaya521
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