時間どおりの魔法使い
碧衣 奈美
01.時計の修理屋
・過去へ行くのは一名のみ。(術者は除く)
・持ち帰るのは、必要な物のみ。
・自力で持てる物であり、一つに限る。
・命(人・動物・植物)に接触する行為は厳禁。
(中略)
・時間厳守。約束の時間に遅れたら、二度とその依頼人からの依頼は受けない。
☆☆☆
「街の雰囲気って……通りによって、ずいぶん変わるのねぇ」
リッシェは時間
北西の角にある書店の前には、大きな文字盤の時計が柱に設置されている。あと二十分ちょっとで二時だ。
ここダノセスの街へは、今までに何度も来たことがある。リッシェの住むコルッグ村からは馬を走らせて一時間程の所にある街だ。
今もリッシェは、何とか落馬しない程度の速度で馬を走らせ、街へ着いたばかり。
これまでは、村祭りの時に着るドレスを作るための布を求めて
どちらの通りも「いつ来ても賑やかだ」という印象が、リッシェの中にある。
だが、この時間通も書物通も、確かに人の姿はあるのに静かだ。たぶん、小さな子どもが少ない、というのも理由の一つにあるだろう。
南北に伸びる時間通は、時計屋が数軒おきに並んでいる。昔はもっとたくさんの店が並んでいた、と聞いたことがあるが、時代が流れるにつれて数を減らしたらしい。
時計屋の間には、宝石商や家具屋などが並ぶ。懐中時計を主に扱う店の隣には宝石を扱う店があり、その時計に似合う金や銀のチェーンをここで、ということらしい。
もちろん、時計屋にもそれなりの商品はあるのだが、金と見栄がある人は専門店で別々に購入するのだ。
リッシェよりも背の高い振り子時計を扱う時計屋の隣には、家具屋。この時計に見劣りしない立派な家具を揃えて、という訳だ。
セットのように並ぶこれらの店だが、時計を買ったら隣の店にも行け、という訳ではない。単独でも、それぞれちゃんと商売をしている。
東西に伸びる書物通は、その名の通りで本屋が並ぶ。
とは言っても、本屋があるのは通りの北側だけだ。南側は、文房具や雑貨の店が並んでいる。少しでも陽に当たって本が傷まないよう、北側に本屋が集中している、と聞いた。
時間通に近い場所、つまり時間通と書物通の交差点近くにある本屋は専門書を扱う店が多く並ぶ。なので、一般の客がふらりと立ち寄れるような店が、この周辺にはあまりない。
この辺りは、そういったどちらかと言えば子どもに縁の少ない店が並ぶため、リッシェのような子どもの姿がほとんどない。
子ども向けの本を置いている店は、通りをもっと西へ行った所にあるのだ。雑貨も、どちらかと言えば大人向け。
たまに見掛けるのは、どこか別の場所へ向かうために通っているか、おつかいで近くへ来た、という子くらいか。
リッシェは今年で十五歳だが、背が低いので年齢より下に見られることが多い。と言うより、これまで年相応に見られたことがなかった。
今も周囲を行き交う大人達は、子どもがこの界隈に何の用だろう、という目で見ている。
田舎娘、と思わせる野暮ったい服にも、人の視線を集める一因があるかも知れない。
リッシェはその視線に何となく気後れしそうになったが、別に悪いことをしているのでも、しようとしているのでもない。小さくなる必要はないのだ、と思い直した。
そもそも、リッシェの目的地は書物通ではないのだ。
「あ、あの……すみません」
リッシェは、近くを通りかかった中年男性に声をかけた。持っている包みから察するに、どこかの店で本を買ってきたばかり、というところだろう。
「何だい?」
「時計の修理屋さんを探しているんです。どこにあるか、ご存じですか?」
「修理? ああ、それなら、この通りをずっと歩いて行けばいいよ」
彼は、時間通の北を指差した。
「他より古い店構えだから、すぐにわかる。通りの東側だよ」
「東側ですね。ありがとうございます」
リッシェは深々とお辞儀をすると、馬を連れて教えられた方へと歩き出す。
馬車などが来ないことを確認して、急いで交差点を横切った。軽く走ると、くるみ色のおさげが背中ではねる。
そこからさらに歩いて行くと、年季の入った木の扉の店があった。
一応の窓はあるが、商店ではないのでショーウインドウではなく、意識しなければ「単なる古い民家だろう」と思って通り過ぎてしまいそうだ。
しかし、店である証拠に、賊が来たら簡単に破られそうな扉の上に「ウォイブ修理店」という看板がちゃんと掲げられている。
その看板も、扉と同じで相当古い。
「ここね」
リッシェは馬を店の前につなぐと、扉をそっと開いた。力を込めると、壊れそうな気がしたので。
中へ入ると、かすかに油のような臭いがした。
店員と客が商談できるようなテーブルやイスはなく、陳列棚もない。商品を並べる必要はないのだから、それは当たり前なのかも知れないが。
そんなに広くない店内は、がらんとしている。時計修理の依頼に来た客は、いないようだ。
入った正面にはカウンターがあり、そこにリッシェの父親よりやや上だろうと思われる男性が座っていた。
五十歳前後、といったところか。少なくはないが多くもない黒髪には、白い物が混じっているが、そんなに老けている印象はない。ややがっしりした体格のせいだろう。
店と同じで、年季が入っていそうなグレーのエプロン。洗濯はしているだろうが、黒いしみが点々と付いているのが見える。
小さなスタンドライトで手元を照らし、眉間にシワを寄せながら小さな工具で懐中時計をいじっている。どうやら、修理中のようだ。
その表情はいかにも、頑固そうな職人、である。看板にあった「ウォイブ」は、彼の名前だろうか。
店の大きさを見る限り、何人も職人がいるようには思えないから……きっとそうだろう。ここは修理依頼の受付であり、作業場のようだ。
その彼の後ろの壁には、馬の顔より大きな円形の時計が掛けられていた。無地に黒い文字の、いたってシンプルな時計である。
こちらも店と同じで、年代物なのだろう。白かったと思われる文字盤の色は、ベージュを通り越してほとんど茶色だ。
普通なら天井に近い位置に掛けられそうなその時計は、座っているウォイブの頭より少し上にあった。彼が立ち上がれば、恐らく顔より低い位置になるだろう。
もしかして、時計が重くて上に掛けると落ちた時に危ないから、あんな低い所に掛けてるのかしら? でも、釘をしっかり打って、落ちないように引っ掛ければいいってだけの話よね。それより、部屋の広さに対して、時計が大きすぎないかしら。
別の意味で、何かと目立つ時計である。
不思議に思ったリッシェだったが、その時計に用があるのではない。今はその存在を忘れることにした。
「こ、こんにちは」
ウォイブ(たぶん)は仕事中のようだが、リッシェもずっとここでぼーっと立っている訳にはいかない。思い切って、声をかけた。
「……ん? ああ、こんにちは。時計の修理ですか?」
時計に向かっている時の顔つきはちょっと怖く感じたが、リッシェに向けられた彼の表情はとても穏やかなものだった。
「いえ、修理じゃないんです」
ちょっと緊張していたリッシェは、それを見てほっとする。
店員によっては、リッシェが田舎者っぽい姿のせいか、ちょっと偉そうな態度をする人がいるのだ。
そういう店は、さっさと商品を買って出てしまえば済むが、この店ではそういう訳にはいかない。なので、怖かったり偉そうだったりする人でなくてよかった。
「お尋ねしたいことがあって」
「尋ねたいこと?」
ウォイブは額よりさらに上へ上げていた眼鏡をちゃんとかけ直し、リッシェを見た。同時に、手元を照らしていた明かりを消す。
「あの……修理屋さんへ行けば、魔法使いに依頼ができるって聞いたんです。それって、ここの修理屋さんで合ってますか?」
「魔法使いに?」
思ったより大きな青い目をぱちくりさせながら、ウォイブはリッシェを見た。その顔を見て、リッシェは「何か間違ってしまったのかしら」と不安になる。
ここじゃなかったのかしら。時計の修理屋さんって聞いたけど。修理屋さんってもしかして……もしかしなくても、ここだけじゃなくて他にもある、とか? 時計屋さんがたくさんあるんだから、修理屋さんだって一軒じゃないかも知れないわよね。ここを教えてくれた人は、尋ねた場所から単にここが近いってだけで言ったのかも。
「お嬢さん、時駆けの魔法をしてもらいたいのかな?」
「時……あ、そうです。ほんの少しだけ、過去に戻れるんですよね?」
ウォイブの言葉に、リッシェは「違う場所へ来たのではなかった」と、ひとまず安心した。
ここではなかったとしても、彼はその魔法について何か知っているようだから、正しい場所を教えてくれるだろう。
「そうだけど……お嬢さん、よくそんな話を知っていたねぇ」
「ずっと前、街へ来た時にどこかのおばさん達が話してたのを聞いたんです」
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