第25話 ソフトクリーム
拓の仕事がほんの数分で一段落した後、小熊と春目、拓はドリンクバーまで飲み物を取りに行った。
今居る全国チェーンのネットカフェはドリンクとソフトクリームが無料になっている。
拓は慣れた仕草でコーラをカップに注いでいる。同じくドリンクバーに馴染んだ小熊は頭をはっきりさせるためホットコーヒーを淹れた。
春目はしばらく見慣れぬ機械を眺めていたが。結局冷たい緑茶を選んだ。
ネットカフェ内で購入したものは個室で飲めないというので、フロア内のカフェスペースに移った。
ファミレスを思わせるカフェスペースで、寛いだ様子の拓はコーラを一口飲んでから言った。
「昔はトーストも無料だったらしいですね、まぁパンが食べたければ外で買ってくればいいですから」
そのチェーン系ネットカフェは警察の指導により店内で買ったものは個室で飲食出来ないそうだが、店の外で買ったものはその限りでないらしく、この店舗も徒歩圏に廉価な深夜営業スーパーやコンビニがあった。
外に出て買いに行くのも面倒臭い時は店が提供するフードもあるが、テーブルの上にあるメニューを見る限りファミレスやファストフードより安く、外のスーパーとの価格差はほぼ無いように見える。
「夜中に作業してて疲れた時は、よくこの店のフライドポテトにソフトクリームを乗せて食べてます」
拓はそう言いながら笑ったが、食品の価値を金銭的な値段では無く性質で見る春目は、聞いただけで贅沢に身震いして恐れをなしている様子。
ソフトクリームがけのフライドポテトは小熊もツーリング中に試したことがあるが、疲労が和らぐと同時になぜか懐かしい味がした。バイクに乗るようになってからソフトクリームを食べすぎたのかもしれない。
北米で生まれ育ったウェンディの言葉を思い出した。ウェンディが歴史動画や祖父の従軍時の話でしか知らないベトナム戦争で、通称ハノイヒルトンと呼ばれた米兵捕虜収容所で囚われの身となったアメリカ人兵士が、故郷を懐かしむ食べ物の筆頭がペパロニのピッツァとテイスティフリーズと呼ばれるフルーツフレイバーのソフトクリームだったという。
日本でいえばカツ丼と醤油ラーメンのようなものかと思った小熊は、とりあえずそれがいつでも食べられる自分自身の現状に感謝した。
コーラをもう一口飲んだ拓が、何かを促すような目つきで小熊を見て来た。横で春目がお茶を飲む嚥下音が聞こえて来る。
小熊がここに呼ばれたのは、家出をしているという拓の助力をしてほしいという春目の頼みによるもの。
そのために小熊はまず家を出て親の庇護を脱した拓の生活を確認しなくてはならないと思ったが、見るべきものは全て見てしまった気がする。
生活の場は小熊も知っていて快適な生活が保障できるネットカフェで、生活に必要な金銭は彼女の能力を活かした高価格書籍限定の背取りで得ている。実際に拠点となるネットカフェから古書店を回って背取りを行うため、彼女が籍を置いている町田市内の私立大学に通学するために必要なヤマハ・ビーノもある。
由良拓という少女は充分に清潔で豊かな暮らしをしていて、これから先に何か身体的環境的な大きな変化がない限り、彼女の生活が破綻する兆候は見当たらない。
拓は見る限り身体健康で、全国チェーンのネットカフェが明日潰れるようには思えない。背取りの仕事も、それらを禁じる法律など湧いて出て来る事は無いだろう。
親との決別や今のところ実家に置いているという住民票の問題も、拓が本来持つ生活力に吸収され、彼女を不幸にする要素になるとは思えない。
拓は少なくともバイク便で生計を立てる小熊や、今にも倒壊しそうなアパートに住む春目よりずっと安定した暮らしをしている。小熊に上から目線の説教など出来るものではない。
小熊はテーブルの上のメニューを手に取りながら言った。
「久しぶりにソフトクリーム添えのフライドポテトを食べたくなった。有料でもいいから食べてみよう」
拓は微笑みながらタブレットを出し、アプリで注文を済ませる。
彼女の暮らしが孕んでいる問題や春目の危惧は、容易には解きほぐせない物なんだろう。だからこそ竹千代は小熊としては非常に不本意ながら小熊に解決を委ねた。
そこに問題があるならば、まずは熱いフライドポテトに乗せたソフトクリームのように少しずつ溶かしていくしかないと小熊は思った。
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