第2話

「君」

「すみません、俺、わざとじゃなくて――」


 店のエプロンをした背の高い男性が俺を見下ろしていた。早口で弁解すると、彼は看板を指で示す。


「……ん?」


 促されて看板を見る。倒れた拍子に表面を汚してしまったらしい、写実的な向日葵の絵が欠けている。

 って、向日葵? 喫茶店の看板に? でかでかと向日葵?

 こういう看板にはおすすめの飲み物や食べ物の絵に値段を添えるものじゃないのだろうか。混乱していると、背の高いエプロン男性は両手を腰に当てた。


「それ、僕が描いたんだ」

「お上手ですね」


 素直な感想が漏れた。彼は一瞬驚いたような顔をして、ふっと気の抜けたような表情を作る。


「ありがとう」

「向日葵、売っているんですか?」


 売り物だから描いているのだと思った。売っていないと答えるならからかってこの場をごまかすつもりで尋ねると、エプロン男性はにこりと笑った。


「ああ、売っている。植物のほうではないのだけど」

「向日葵に似た何か、ってことですか?」

「うん。百聞は一見に如かずだ、食べて行くといい。それで弁償したことにしてあげよう」

「え……」


 なんでそうなるんだと言ってやりたかったが、悪いことをしたのは俺の方である。喫茶店で食べていけば不問にするというのだから、俺は拒否できない。

 俺はエプロン男性と看板を何度も交互に見て、ゆっくりと立ち上がった。


「わかりました。それで見逃してもらえるのなら」

「君は僕の絵をほめてくれたからね、特別に、だ。さ、店内にどうぞ」

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