第3話

「こちら、ハーブティセットのスイーツでございます」


 白い皿の上には大きな赤い蕾が載せられている。チューリップの蕾だ。


「花……食べられるんですか?」

「チョコレートでできているんです」

「チョコ?」

「召し上がっていただければわかりますよ」


 ナイフとフォークが入ったカトラリーケースがテーブルに置かれる。


「ハーブティは後ほどお持ちいたしますね」


 ごゆっくりどうぞ、と告げて彼女は去ってしまう。私がこの店に入ったときに声を掛けてきたのは彼女だったのだろう。

 私は彼女を見送って、自分の前に置かれた赤いチューリップの蕾が載せられた皿を見やった。

 高そうだな……。

 電子決済ができなかったらお金を払えないな、などと身構えてしまった。店員さんも店長さんも、私がお金を持っていると思っているのだろうか。

 とはいえ、出されたものを下げてもらうわけにもいかず、私はナイフとフォークを手にした。


「……美味しい」


 パリパリと音を立てて花びらの表面はひび割れたが、ナイフはすっと入ってひと口大になった。フォークで刺して口に運ぶとチョコの香りとビターな甘さが広がった。想像していたよりもコクがあって、デパートや有名スイーツ店で扱うようなチョコなのだろうと思いながら味わった。

 どうしてこんな場所に店があるのだろう。他にお客はいないし。店員さんたちの様子からすると開店したばかりでもなさそうなんだよね。

 いつも通学路を俯いて歩いていたから、店が変わっても気づかない自信がある。学校に友達はいないし、連絡グループからはずれているから流行りの移り変わりも疎いくらいだ。

 家に居場所がないから仕方なく学校に行ってるだけだもんね……。

 干渉されないことを望んだのは私だ。そのほうがラクだと思ったから。退屈ではあったけれど、私には放っておかれる方が自由でよかった。


「――おすすめのハーブティをお持ちしました」


 さっきの女性がカップを運んできてくれた。残りが半分ほどになった皿の隣に置いてくれる。


「ありがとう」

「雨が止むまでもうちょっとかかりそうだから、ゆっくりとあたたまってくださいね」

「はい」


 店が混んでいるわけではないから、慌てて出て行く必要もないのだろう。

 雨宿りに来るお客さん、他にはいないのかな?

 耳を澄ますが店内は静かで話し声はしない。

 なるほど、私は店じまいのタイミングで入り込んでしまったのだ、と考えて申し訳なくなる。

 お茶をいただいてさっさとお暇するか……。

 カップを見やると真っ青な液体が入っていた。ソーサーに半月型のレモンが添えられている。まずはレモンなしで飲んでみよう。


「…………」


 香りも味もあまり感じない。これは見た目を楽しむためのお茶なのだろう。

 せっかくなのでレモンを数滴絞って落とした。

 さっと赤紫色に水の色が変化した。


「すご……」


 バタフライピーだ。このお茶を見たことがあったのを思い出す。

 あのとき、一緒にいたのは。

 視界が歪む。


「私は……」


 制服の袖で乱暴に涙を拭って、私は最後の花びらを口に入れてお茶で流し込んだ。繊細な味のチョコレートをこんなふうに食べるのはもったいないけれど、時間が惜しい。

 私は立ち上がって、女性の店員に声をかけた。

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