失われない空白期間第1世代、就活戦線に立つ! 〜採用活動の商慣習は変えられるか〜

卯月らいな

失われない空白期間第1世代、就活戦線に立つ! 〜採用活動の商慣習は変えられるか〜

 都心部の高層ビルの18階、大手IT企業の子会社、BOMビジネスソリューションズのオフィス、スーツを着た部長の男性は履歴書を眺めて顰めっ面をした。


 BOMというのはとある有名な文字コードを示す符号。世界中に絵文字の普及に一役買ったとされており、そこから名前を拝借することで、グローバルな視野を持った会社を目指すという経営理念ということらしい。


 新卒の就活生である僕、山田は腰深く椅子をかける。


「24歳で新卒。大学院の修士卒というわけじゃないみたいだが、君、浪人、留年かね?」


「いいえ。プレインターン生です」


「ああ、経済新聞で取り上げてたなあ。君がか……」


 膝をぽんと叩き合点のいった表情をする。しかし、それも束の間、あごに手を当て、考え込む。


「しかし、君、こんな鬼が出るか蛇が出るかわからない新制度、よく利用する気になったね」


「何事も、1期生というものが時代を切り開きますからね」


 プレインターン制度が導入されて、6年が経つ。そして、その初の新卒が卒業するのが来年である。僕は、業務系開発を得意とするIT企業を中心に就職活動をしていた。


 新技術の発展に伴い教育産業が育成する人材が産業界の期待に応えられなくなって長らく経っていた。


 実地教育などで、企業が人材を育成、選抜すると言う古くからのシステムに頼っているが、それでは、育成が追いつかず、人材不足と失業が両立する、企業も労働者も両方が損をする仕組みが続いていた。


 その課題を解決するため、かつては、企業がインターン制度を設け、在学中に学生を働かせていることで、大学に在学しながら業務スキルが身に付くという方法を採っていた。


「うちもインターンは取っていたがな、あれじゃ学生が勉強しなくなって、本末転倒だと評判が悪い。留年する生徒も居た」


 部長さんは訝しげな顔をしてそう言った。


「プレインターン制度はそれとは違いますよ。なにせ、厚生労働省と文部科学省、経団連のタイアップで実現した制度ですから」


「どうだろうな」


 部長さんは窓の外を見てため息をつく。その背中は、制度に振り回されてきた一世代分の疲れを背負っているように見えた。そして、続けた。


「あまり詳しくはないが、東都大学の入試を受けたのは、18歳の時かね。それとも20歳の時かね」


「18歳です」


「なるほど、じゃあ、20歳で入学するまで2年間の空白期間があるわけだ」


「インターン期間と呼んでいただきたいですね。職務経歴は、履歴書の次のページにあるからご覧ください」


「ふむ」


 部長さんは僕の指示に従い、ページをめくる。


「工場で半年、たった半年かね?」


「ええ。本来のインターン第一希望は、IT大手を志望してたんですが、競争が激しくて、抽選に漏れてしまったんです。でも、第三志望の食品工場に受かったのは思わぬ誤算でした」


「ここで何を?」


「ラインで品質管理をメインに。QA活動に参加し、あるいは、生産リードタイムの計算、作業分析ななどを表計算ソフトで少しやらせてもらいました。IT業界でも実際に受注する仕事内容と聞いていて、どこでどう仕事がつながるかわからないなと思いました」


「まあ、学生に任せる部分なんてたかが知れてるがね」


 苛立ち混じりに部長さんは指を回す。


「で、その次が、物流業界。倉庫ですね。ここではほぼ、肉体労働で、ロボットが運べない荷物を人力で運ぶ。そんな仕事ですね」


「肉体労働かね」


 見下したかのように吐き捨てる。だが、おそらく、そこに、突っかかるのは分が悪いのでひとまずスルーして続ける。


「ええ。でも、人が動く以上は必ず作業動線が存在します。僕は倉庫内のレイアウトを記録して、簡単な表計算ソフトでシミュレーションしてみたんです。荷物の置き場所を少し変えるだけで、歩数や持ち上げ回数が減る。数字で示すと、現場の人たちも確かに楽だと納得してくれました」


「本当に君がしたのかね? そんな知識をどこで」


「はは。まあ、僕一人の功績ではなく、できる先輩に教えてもらいながらやりました」


「……ふむ。そうだろうな」


 部長はわずかに眉を上げ、指先を止めた。


「で、その後に、IT企業に1年か」


「そうです。1年もすれば、向き不向きがわかるようになって、ドロップアウトする人がたくさんいまして、それで、補欠登録していた僕が、正式にプログラマー体験をしました」


「補欠合格かね」


 部長は、鼻で笑い椅子にふんぞり返る。


「はい。仕事内容としてはエネルギーインフラ産業の料金の計算ですね。テスターから地道にやらせていただきました。ソースコードの影響調査から、詳細設計書から、いろいろと」


「基本設計書は?」


「新人なのでさすがにそこでまでは」


「そうだろう。そうだろう。まあ、所詮、制度というやつは、安い労働力をこき使うためのものだ。そこまで重大な仕事は任すまい」


「確かにそういう見方もできます。でも、僕はお試し期間で失敗できる場所だと思っています。補欠だった僕でも、業界を体験できた。だから次に活かせるんです」


「何か失敗したのかね?」


 しまった。言葉の文を突いてくる。まあ、圧迫面接とまでは言えないよくある質問だ。


「テストケースを作るときに観点の抜け落ちでバグを含んだままリリースしました。社員の方が即座に気づいて、大きな影響はなかったのですが」


「そういうのが、一番困るのだよ」


 部長は鼻息を荒くした。


「料金計算のバッチなどは、小さな失敗が何億もの損害につながる。責任感を持ってやってもらわないとね」


 呆れたかのように肩をすくめる。


「で、その後、正式に東都大学の情報工学科に?」


「はい。おかげさまで」


「何もしてないけどね」


「ははは」と笑って返すしかない。


「でも、2年間のプレインターン制度のおかげで、大学で学ぶ内容がすごく頭に入りやすくなったと言いますか、資格の勉強もただの座学じゃなく、生きた知識として点と線がつながっていきましたね。仕事でプログラミング少しやったおかげで、資格の午後の試験も点数稼げたようなもんですし」


 それは僕が経験で得た実感でもあり、また、プレインターン制度を経済界が設けた建前の理由でもある。だが、その理念が、個々の企業にどの程度、浸透しているかは未知数である。


「なるほど。よくわかった。帰っていいよ」


「今日は、ありがとうございました」


 深々と頭を下げて部屋を出る。


 圧迫気味の面接だった。


 どうやら、プレインターンというものに対する世間の理解は、まだまだ、これかららしい。僕が頑張って社会で活躍して、後進のために道を切り開かねばならないようだ。


 エレベータで1階に下りると、文部科学省のポスターが掲示されている。


 生涯学習。官公庁が長年、掲げてきたお題目だが、仕事が多忙の中、続けることのできるサラリーマンは少ない。


 だから、官民が協力し、あえて、学習に専念する「空白期間」を設けても、キャリアの断絶にならない。そんな方向へと社会は向かおうとしていた。


 また、少子化問題でも同様だ。育児を経た女性の社会復帰を企業がキャリア社員として歓迎しない、採用しても低賃金であるという常識がまかり通っており、「空白期間」への過剰軽視が大きな社会問題となっていた。


 新卒卒業時に就職難だった世代も、また「空白期間問題」の被害者でもある。


 そういう背景もあって、まずは、大企業が抵抗の少ないプレインターン制度から導入し、うまくいけば、他の「空白期間」に関する様々な商習慣の撤廃にも取り組むという流れになっている。


 だから、僕たち空白期間1期生の背負う社会的責任はあまりにも大きい。


 僕たちが、成功しなければ、行列待ちをしているいろいろな社会問題に取り組むのが遅れるとも言える。


 後日、BOMビジネスソリューションズ からは、お祈り、つまり不採用のメールが届いた。理由は書かれていないが、部長さんが態度に示した通りの理由だろう。


 だが、別の一報も届いた。


 BOMビジネスソリューションズ の親会社であるBOMホールディングスから内定をもらったのだ。


 捨てる神あれば拾う神ありである。


 同じ系列会社の中であっても、我々の評価は二分するのだ。


 これからの時代、僕たちに何が待ち受けているかまだわからない。


 だが、きっと、新しい時代は僕たちが切り開くはずだ。そう思いたい。


 完

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