第2話 襲ってくる「過去」
「ねえ、明日菜、そのペンギンのヘアゴムめっちゃ可愛くない?」
「そうそう、この前ちょうどセールで見つけてさ。もう一つ、シロクマのゴムとセットだったんだけど見る?」
「そういえば、ポッピン・ロリポップの新曲聴いた? ダンスやばいよね?」
「わかる、歌はイマイチだけどダンスの練習動画すごかった」
「明日菜さ、サークル&ミラクルの最新話読んだ?」
「読んだ! 思いっきり泣いた! インスタで投稿し忘れちゃった」
六月二十二日、水曜。まだ二時間目の休み時間だけど、教室は随分と賑やかだった。クラスの女子の話に耳を傾けるだけで、なんとなく流行を追っているような気分になれる。
クラスの中心、明日菜とその取り巻きは、今日も元気だ。オシャレ、音楽、サブカル、チャンネルを切り替えるように様々な話題が飛び出してきて、他の男子も混ざっていく。話も上手いし、程良く相手をイジって笑いを取ることも欠かさない。クラスの上位グループというのは、煌びやかで、とても目立つ。みんなが憧れるのも、少しだけ分かる。
「大変、だけどね」
声が聞こえ、それが自分が発したものだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。紛れもない本音に、思わず渇いた笑いが漏れる。
クラスの騒ぎ声が脳内で反響して、私の記憶は四年前に遡った。
***
中学一年のとき、勉強もできたし、運動もそこそこ得意で、ファッションやメイクにも詳しかった私は、クラスの輪の中心にいた。「頭が良いのにガリ勉じゃなくてオシャレ」というのが結構重要だったようで、色んな人に勉強やコーディネイトを教えているうちに人気が集まっていく。
そうやって話していくうちにトークも得意になって、教室の真ん中でいつも大声で話していた。盛り上げ役をやり、他の女子にネタで無茶ぶりもして、ときにちょっとした自虐で笑いを取る。
一方で、随分カッコ悪くみえたので、クラスで男子のいじめが起きたときには止めたりもした。正義感溢れた制止ではなく、「カッコ悪いからやめときなって」くらいのトーンで、それでも周りが同調してくれてだいぶ収まった。結局その男子は一年の最後に転校したけど、標的が私になることもなく、ずっとクラスの最上位グループにいた。
あの時の私は、間違いなく人生で一番輝いていたと思う。毎日が楽しかったし、正直に言えば自分のポジションに舞い上がっていた。それが長続きしないとは知る由もなく。
二年生になってクラス替えしても変わらず人気者だった私は、文化祭が近づいたタイミングで、クラスの出し物の宣伝をすることになった。全校集会のときに、各クラス一名ずつステージに上がって発表するという大役。普通に発表するだけでは誰も興味を持たないから、みんな小ネタを用意したり、文化祭で実際に着る衣装を着てみたりと工夫を凝らす。
発表者を決める際、周りから「一晴、やりなよ!」とたくさん推され、自分も乗り気になって手を挙げて、満場一致で決まった。うちのクラスはお化け屋敷をやる予定だったので、幽霊の衣装と当時流行だったファッションを混ぜた奇抜な服装を用意した。友人から推薦され、大勢の前で自分が発表する。それが楽しみで仕方なかった。
そして当日の朝。
「次は二年生です。各クラス代表、ステージに上がって下さい」
学年主任に促され体育館のステージに上がった私は、目の前にいる六百人以上の生徒を前に、一気に緊張してしまった。頭が真っ白になって、心臓が跳ねる。
一組から順番に発表していく。四組の私の番までに緊張を解かないといけない。でも、そう思えば思うほど、脈は速くなり、頭は冷静さを欠いていく。二組、三組……と呼ばれていってもワクワクするような感情は一切起こらず、ただのカウントダウンに聞こえた。
「では四組、お願いします」
その声が聞こえて、演台の前、ステージの中央に立ったとき、全員が私を見ていると改めて分かった。クラスに目を遣ると、友人が手を振っている。それは、応援にはならず、むしろ私の緊張を加速させた。
(皆さんおはようございます! 四組の吉水一晴です!)
マイクのスイッチを入れたのに、昨日何回か脳内で練習していた挨拶が出てこない。代わりに口から出てきたのは、掠れるような小声だった。
「あ、あの……四組です」
思わずクラスを見る。遠くて表情まで見えないけど、手を振るのを止めている。失敗したからだろうか。そう思うと、喉がカラカラになり、マイクを持つ手も震えた。
(この服、似合ってますかね? これで何の出し物か分かりますか? あ、そこの一年生、なんとなく分かったような表情してるね。それとも見蕩れてるだけ? なんてね!)
本当は言いたかった台詞が、脳から消えていく。喉まで届かない。聞こえるのは、自分の浅い呼吸音だけ。
「この服、変、ですよね、すみません……。四組では、お、お化け屋敷を、やります」
変なんて思ってないのに。一生懸命、組合せを考えたのに。
「こや、怖くないかもしれないけど……よろ、しくお願いします」
会釈ともいえないほどのお辞儀をして後ろに戻っていく。今までで一番小さな拍手が聞こえた。
六組まで終わり、クラスの座っている場所まで戻る。「おつかれー」と心の籠ってない
体調が悪かったことにして、授業に出ずにすぐに早退した帰り道、情けなさに泣きそうになる。目尻を擦りながら見上げた空は、晴天なのに色を無くしたようにグレーに見えた。
一番の地獄は、翌日だった。
「いやあ、昨日めっちゃ体調悪くてさ、参っちゃった」
とにかく誤魔化したくて、過去を正当化したくて、無理して明るく話す。みんな頷いて聞いてくれていた。そこに、普段私がよくイジっていた友人が割って入る。
「でもまあ、アタシなら体調悪くてもあそこまでダサくはなれないね!」
「ぶはっ!」
彼女の言葉に、他の人が噴き出す。イジられたことのなかった相手にイジられる。それを笑われる。心を針金で引っかかれるような感覚に、張り付いたような笑顔を見せながら、体が震える。
「一晴、『怖くないかもしれないけど』はないわー。営業妨害だね」
「分かる! しかも噛んでるし。『こやく』って言いかけたでしょ! いやあ、あのまま噛んでたらと思うと、こやかったね」
「そうそう、こやかったこやかった!」
「えへへ……ね……」
グループで私をネタにし、私はイジられキャラとして愛想笑いをする。他のグループもクスクス笑っているのが見えた。
親しみやすくなった、なんてポジティブな見方はできない。自分が中心でなくなった、トップでなくなった、それだけのこと。クラスのポジション争いでは「素敵であること」「人気者であること」が大事で、大舞台で失敗するような人間がトップの輪に入れないのは当然のことだった。
その日から、なんだかんだ理由をつけては休み時間に教室を離れ、放課後は早く帰り、自然とグループで話す機会も減っていった。話したらまたイジられるだろう。カッコ悪いあのシーンを再現され、私は何の抵抗もできずにへらへら誤魔化すだけになるだろう。そう思うと、もうグループに戻れなくなってしまった。
かといって、他に入れる場所はない。もうすっかり女子ごとにグループが出来上がっている中で、私が急に入っても困るだろうし、何より「トップグループから陥落してここに来た」と思われるのが恥ずかしいという、余計なプライドが邪魔をした。
そうして、私はどこにも居場所がなくなった。
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