第33話 魔導の香り、眠りの守り手 ⚔️🍎
「食材を探してくる」
そう言い残して、俺は一階へと向かった。
中央ホールを抜け、“庭園区画”と記された扉の前に立つ。
扉は
左右には魔力感知装置が設置されていて、セキュリティはかなり
俺が近づくと、魔力認証が作動し、低い音を立てて扉が開いた。
視界が開けると、そこには人工的に整備された庭園が広がっていた。
空気は乾いているのに、ほんのりと甘い草の香りが鼻をくすぐる。
温度も一定に保たれていて、外の冷えた空気とはまるで別世界だ。
……あのとき、エリシアがここに興味を示したのも、無理はない。
汚染された地上にあるとは思えないほどの緑――果樹、花々、そして遠くには
天井に設置された光源が昼間のような明るさを保ち、鳥のさえずりや虫の鳴き声が響いていた。
懐かしい音だ。
だが、人の気配はまったくない。
入った瞬間、警戒用の機械が進路を
球体に多脚が生えたような構造――人型ではない。
俺は即座に黒刀を
刃が空気を裂く音が、静寂の中に響いた。
……敵意は感じられない。
魔力センサーで俺をスキャンし、しばらく沈黙。
周囲の魔力がわずかに揺らぐ。
ユニットの
……どうやら命令待ちの状態らしい。
俺の魔力に反応したというより、“人間”という存在そのものに反応しているような気がした。
試しに「食材の収集を許可する。三人分だ」と命令を出す。
ユニットは
同系統の個体が複数いるようで、しばらく待っていると、一斉に俺の前に集まってくる。
持っているカゴの中には、食材が入っていた。
果樹区画からはマナ果――リンゴに似た魔力蓄積果実。
シトラス・オーブは、柑橘系の香りが強く、見た目は透明な球体。
温室エリアからは根菜類、水槽からはアクアスケイルという淡水魚が回収されていた。
俺はマナ果を手に取って、一口
……甘い。
異世界に来てからは、缶詰でしか味わったことのない果実が、こんなにも
上層部では新鮮なものを食えるらしいが、中層以降ではドライフルーツや缶詰しか出回らない。
いわゆる“
食料の心配は、これでひとまず解決だ。
……ただ、情報を得る手段がない。
どうやら、この施設は完全な無人管理に移行しているらしい。
警備も維持も、都市の魔導系統が最低限の制御を
誰かが直接監視している気配は、まったくない。
……詳しいことは、ラナの調子が戻ったら聞いてみるか。
警備ユニットたちに軽く礼を言って、俺は双子のもとへ戻る。
両手に食材の入ったカゴを抱えながら、階段を下りる。
何を作るか、頭の中でざっと組み立てる。
とりあえずは、すぐに作れるものがいい。
部屋のドアを開けると、ミーナとラナは肩を寄せ合って眠っていた。
安心したのだろう。体力の消耗もある。
俺は寝室にあった
その柔らかな質感に、少しだけ安心した気がした。
……さて、調理に取りかかるか。
調理器具は見た目こそ清潔だったが、念のため洗剤で食器と一緒に手洗いする。
食器洗浄機もあったが、
二人の眠りを
包丁とまな板は、黒炎の指輪の能力を使って
手に馴染む重さと切れ味は、俺の記憶に刻まれた日本の道具そのものだ。
……まずは魚の下処理。
アクアスケイル――淡水魚で、銀色の
体長は三十センチほど。都市で出回っているものより、一回り大きい。
味は淡白だが、マナリーフとの相性が良く、香草の風味を引き立ててくれる。
今回は焼きではなく、鍋にする。
鱗を
野菜は根菜を中心に刻み、果物はデザート用に小皿へ分けておく。
庭園区画で採れたマナ果は、甘みと酸味のバランスが絶妙だった。
調理台の端にある魔導コンロ――正式には“マギ・ヒートユニット”――の起動パネルに手をかざす。
魔力認証が走り、青白い炎が静かに
鍋――いや、“魔導ガマ”と呼ばれる耐魔力調理器に水を張り、アクアスケイルと根菜を放り込む。
香草はマナリーフ、塩分は保存棚で見つけた鉱石由来の“エレメントソルト”。
鍋がぐつぐつと煮え始めると、香りが部屋に広がる。
無機質だった空間が、少しだけ柔らかくなった気がした。
この香りが、彼女たちの眠りを守ってくれるような気がして、俺は黙って鍋を見つめた。
やがて、匂いにつられたのだろう。
ミーナが眠たげに目をこすりながら、長椅子から起き上がる。
ラナはその後ろで、静かに欠伸をしながら、俺の姿を見つけて
「……いい匂い」
ミーナがぽつりと呟く。
「おいしそう」
ラナが続ける。
「食べるか?」
俺が問いかけると、二人は小さく頷いた。「先に手を洗ってこい」と声をかける。
その間に、俺は鍋の中身を味見した。
少し塩気が足りない。エレメントソルトをひとつまみ加え、香草をもう少し。
香りが立ち、味がまとまったのを確認して、三人分の食器に盛り付ける。
食器を運び、テーブルに並べると、ミーナとラナは素直に「いただきます」と手を合わせた。
静かな部屋に、スプーンの音と、ほっとした
「……おいしい」
ミーナが目を細める。
「うん、あったかい」
ラナが頷く。
食事が進むにつれ、二人の表情が少しずつ柔らかくなっていく。
空気が、ようやく落ち着いた。
そして、食器が空になり、満腹の
ミーナが、ふと俺の顔を見て、静かに口を開いた。
「レンくんは、ノクスチルドレンって……知ってる?」
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