第20話 記録片に刻まれた名 ⚔️⚙️
魔導換気口の掃除は、いつも地味で、いつも厄介だ。
高架下の雑貨兼通信店『クロック・リンクス』の裏手――粒子汚染と油煙が混ざり合った排気口は、今日も黒ずんだ
空気はぬるく、湿度が高い。
魔導粒子が
肌にまとわりつくような感触が、朝の空気をさらに
魔導熱の
俺は工具を手に、換気口のカバーを外した。
内部のフィルターが鈍く光り、魔導粒子が
伝導率が落ちている。
放っておけば、魔導カビが発生して店の通信系統にまで影響が出る。
「……まったく」
情報屋のくせに、こういうところは雑だ。
エリシアといい、この都市の女性は掃除が苦手なのか――仕事はできるが、私生活はだらしない。
フィルターを引き抜き、魔導洗浄液を吹きかける。
汚れがじわじわと溶けていく様子は、都市の“
俺は雑巾で残った粒子を拭き取り、カバーを戻した。
そのとき、背後から短い電子音が鳴った。
「オハヨウゴザイマス、レン様」
振り返ると、円筒型の清掃ロボ――ロクが、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
胴体の回転ブラシが、
「排気口、粒子ノウド……今朝、タカメ、です」
定時報告も忘れない。
ロクの声は無機質だが、聞き慣れた響きだった。
朝の挨拶も、プログラム通り。時間帯的にも問題ない。
「ご苦労。俺の指も、さっきからじんじんしてる」
ロクは短く電子音を鳴らすと、また黙々と作業に戻った。
少し離れた路地では、同型の清掃ロボが数体、無言で動いていた。
型番は違えど、どれも古い機体ばかりだ。
たまにメンテしてやらないと、すぐに魔導粒子で内部が焼ける。
動きもぎこちなく、時折センサーが誤作動して壁にぶつかっている。
「……こいつらも、そろそろガタがきてるな」
この都市で、まともに掃除ができるのは、俺とロクくらいだろう。
掃除完了。グレイから借りた工具を片付けながら、店の方へ顔を出す。
高架下の空気はまだ湿っぽく、粒子の匂いが鼻に残っていた。
魔導熱の残滓が皮膚にまとわりついていて、指先がじんわりと熱を持つ。
店内に入ると、温度調整フィールドのせいか、空気が少しだけ軽く感じた。
魔導端末が低く唸っている。
粒子のノイズが、壁の通信アンテナに微かに反応していた。
カウンターの奥では、ラナが端末に向かって指を滑らせていた。
ストレートヘアが肩を越えて流れ、耳元には青いピアスが揺れている。
ミーナは棚の整理をしていたが、俺の姿に気づくと、赤いリボンを揺らして軽く手を振った。
肩までのウェーブヘアが、動きに合わせてふわりと
「おかえり、レンくん。ちょうど解析が終わったところだよ」
例の施設――封鎖区画で回収した
魔導粒子に焼き付けられた断片的なデータを、端末に転送して解析を依頼していた。
この情報をグレイに見せれば、さらに詳しいことがわかるかもしれない。
「助かる。で、どうだ」
俺の問いに、ラナが端末の画面をこちらに向ける。
「アクセスログ、掘り起こしてみたよ」
「企業の連中、オルド結晶を回収しようとしてたみたいだね」
「けれど、失敗してるの」
「しかも、かなり派手にね」
双子が交互に話す。
声のトーンも似ていて、どちらが話しているのか一瞬わからなくなる。
赤いリボンか、青いピアスか――視線で確認しながら、俺は話を追った。
「……失敗?」
「うん。結晶の脈動が予想以上だったみたい」
「結果、現場の兵器が暴走したらしいね」
「ログには
あの兵器か。都市の“
だが、実態は違う。
都市の
そんなものを“維持”に使う時点で、企業の目的は察することができる。
「で、問題はその指揮系統」
「幹部のアクセス権を洗ってたら、ラナが見つけたんだ」
「これ、レンくんが探してるっていう人の名前だよね」
俺は無言で画面に身を乗り出した。
端末に表示された
企業幹部のアクセスログ――その中に、見慣れた名前があった。
ユーマ・シドー。
一瞬、時間が止まったような気がした。
ボスと
やはり、
下層では人が暮らせない。中層でもそれらしい人物は見つからなかった。
上層にいるとは思っていたが――まさか、企業の中枢に名前が残っているとは。
それも、都市の崩壊を企んでいる企業の中に。
「……間違いないのか?」
「タグに記録されてたアクセス権限と照合したからね」
ラナがそう言うと、ミーナが棚から顔を出して付け加えた。
「都市再編計画の中核に関わってるよ。オルド結晶の回収指示も、この人の名義だったもの」
俺は
ただの記録媒体――魔導粒子に焼き付けられたデータの塊だ。
解析してくれたのは双子。俺には、波形の意味すら分からない。
それでも、画面に映った名前だけは、はっきりと理解できた。
俺が“レン”と名を改めたように、奴も“ユーマ”と名を変え、企業の中枢にいる。
胸の奥が、じわりと熱を持った。
「……なんか顔、怖いよ?」
ミーナがぽつりと
ラナも、俺の表情をちらりと見て、
「怒ってる?」
「いや……ちょっと、思い出しただけだ」
俺はゆっくりと画面から離れた。
奴が、企業の中枢にいる。
それが事実なら――俺は、もう“家政夫”ではいられない。
「……都市の掃除だけじゃ済まなそうだな」
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