第17話 断罪屋、都市の怒りを斬る ⚔️🏭

 排気ダクトの熱風が、肌を焼く。

 だが──背後の魔導兵器の咆哮ほうこうに比べれば、まだ生ぬるい。

 ダクト内を滑るように進み、施設の外縁へと抜け出す。


 あの巨体じゃ、さすがにダクトは通れないらしい。

 魔導霧マナ・フォッグが震えるような感覚は、もうない。

 施設全体が沈黙に包まれていた。


 ……まるで、都市そのものが沈黙しているようだった。


「……都市の意思か」


 VX-09クロノ・アビスは、ただの暴走体じゃない。

 結晶を通して、中枢AI《セントラル・ノード》と接続されているなら──


 あれは都市の“自律的な防衛機構”だ。

 つまり、俺は都市そのものに拒絶された。


 ……いや、それは人類すべてかもしれない。


 遮断ガードコートのフィルターを再調整し、呼吸を整える。

 施設内ほどじゃないが、ここも粒子濃度が高い。

 空気は重く、喉にざらつく。


 第5階層──都市の中間層。

 この星の環境じゃ、人が生きるにはきびしすぎる。

 もっと上の階層に行かなければ、まともな余生は送れないだろう。


 頭上には、上層部のプレートが空をおおっている。

 裏面には排熱管と魔導配線が密集していて、昼でも薄暗い。


 空は見えない。

 ただ──都市の“裏側”が、俺を見下ろしている。


 ……長居ながいはできない。


 頼まれていたオルド結晶は回収した。情報も、得た。


「あとは帰るだけか……」


 別に油断していたわけじゃない。

 予想外の出来事が起こった──いつものことだ。

 その瞬間、背後の壁が爆ぜた。


 ドォン──という衝撃音。

 粒子が吹き飛び、魔導霧マナ・フォッグが逆流する。

 コンクリートと魔導配線が混ざった壁が、内側から突き破られた。


 俺は反射的に身を伏せる。

 瓦礫がれきが頭上をかすめ、熱風が頬を裂いた。

 パラパラと破片が降ってくる。


「……来たか」


 VX-09クロノ・アビス。どこかで、そんな気はしていた。

 だが、あの巨体が、施設の外壁を突き破って現れるのは想定していなかった。

 フレームが軋み、魔導繊維マナ・ファイバーが青紫に脈動している。


 胸部の結晶が光り、魔導波形マナ・ウェーブが空間に満ちる。

 粒子が肌にまとわりつき、視界がじわりとにじむ。

 都市の意思が“怒り”を再び放つ。

 頭部のモノアイが赤く点滅。俺を、敵として認識した。


「……しつこいな」


 オルド結晶を回収しに来たというよりは──どうしても、俺を始末したいらしい。

 足音はない。


 瓦礫片を巻き上げながら、滑るように接近してくる。

 地面が軋み、魔導力場マナ・プロテクトが空間をゆがませる。

 俺は一旦、後方へ大きく跳び、黒刀を抜いた。


 ……斬るしかない。


 都市が俺を拒絶するなら──俺は、都市の“怒り”ごと斬る。

 だが、ここはまだ魔導粒子が濃い。

 俺は身軽さと小さな体格を活かし、細い路地を抜けて廃棄区画へ滑り込む。


 背後では、VX-09クロノ・アビスが滑るように追ってくる。

 障害物もお構いなしだ。

 魔導力場マナ・プロテクトが空間をゆがませ、粒子がざわめく。


 ……一撃じゃ通らない。


 だが、逃げながら様子を見ているうちに、違和感があった。

 崩れたビルの壁に肩が触れた瞬間──

 VX-09クロノ・アビスの魔導力場が、わずかに揺れた。

 さらに、突き出た配管にフレームが擦れたときも、粒子がざわめいた。


「……ちょっとした接触にも、反応してるな」


 魔導力場マナ・プロテクトは、中枢AI《セントラル・ノード》が制御していたはずだ。

 だが、今はその干渉が弱まっている。

 VX-09クロノ・アビス自身の演算能力だけじゃ、力場を完全に維持できない。


 攻撃じゃなくても、一定の質量が接触すれば、力場が反応する。

 つまり──演算負荷が高まれば、処理が追いつかなくなる。

 試してみる価値はある。


 ちょうど警備用ドローンが飛んできた。利用させてもらう。

 狭い路地の壁と壁の間を跳躍し、上へと昇る。

 VX-09クロノ・アビス魔導波形マナ・ウェーブによる攻撃を放ち、ドローンを巻き込んだ。


 俺は窓枠から廃ビルの中へ飛び込み、回避する。

 3機の警備用ドローンはまともに攻撃を受け、制御を失った。

 俺はその様子を確認し、再び窓枠から飛び出す。


「断罪」「断罪」「断罪」


 黒刀でドローンを斬りつけ、落下の位置と速度を調整する。

 狙いはもちろん、VX-09クロノ・アビス

 制御を失った3機の警備用ドローンが時間差で落下する。


 狭い路地じゃ、あの巨体は簡単に方向転換できない。

 VX-09クロノ・アビスは、落下してきたドローンの直撃を受けた。

 二重三重の干渉が重なった瞬間──


 魔導力場マナ・プロテクトが、わずかに“薄く”なった。


「……終わりだ」


 俺は壁を蹴り、空中で腰の魔導剣マナ・ブレードの波形を切り替える。

 力場が揺らぎ、胸部の結晶が露出する。


「断罪」


 黒刀を振り抜く。

 肩から腰へ──袈裟斬けさぎりに、結晶ごと一刀両断。

 バチッ──と火花が散り、内部から魔導霧マナ・フォッグが逆流する。

 都市の“怒り”が、わずかに沈黙した。


 魔導力場マナ・プロテクトが崩れ、粒子が静かに沈んでいく。

 VX-09《クロノ・アビス》の巨体が、膝をついた。

 胸部の結晶が脈動を止め、青紫の光が消える。


 俺は一歩近づき、黒刀の切先で結晶の縁をなぞる。

 魔導繊維マナ・ファイバーが断たれ、結晶が外れる。


 手のひらに収まるサイズ。

 だが、都市の意思が宿っていた重みは、まだ残っている。

 オルド結晶ではないようだが、これももらっていこう。


「……回収完了」


 その瞬間、頭部の転殻機ローリング・シェルが作動音を立てた。

 再起動──あるいは、記憶転送。

 俺は迷わず黒刀を振るう。


「断罪」


 一閃。頭部の装甲が裂け、転殻機ローリング・シェルが火花を散らして崩れ落ちる。

 これで、都市の“目”も潰した。


 空から複数の影が降りてくる。

 新たな警備用ドローン。無人機とはいえ、企業AIの目そのものだ。

 赤いセンサーが俺を捉え、魔導波形マナ・ウェーブのスキャンが始まる。


 俺は結晶をコートの内ポケットに滑り込ませ、背を向ける。

 ドローンが警告音を鳴らすが、俺は応じない。

 ここで戦う理由は、もうない。


 施設の外縁を抜け、粒子の薄い通路へと歩を進める。

 魔導霧マナ・フォッグが後方で揺れ、都市の意思がまだ何かを見ている気配がする。


 ……だが、今はそれどころじゃない。


 どうやら、今日中に干した洗濯物は取り込めそうだ。

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