第一章 断罪屋、異世界で目を覚ます
第4話 血まみれエプロンと異世界の魔女 ⚔️🏙️
「……子供?」
若い女の声だった。
澄んでいて、どこか冷静。感情の温度が読めない。
目の前には、ガラス張りのケージが並んでいた。
そのガラスに映っていたのは、見知らぬ少年――いや、俺自身だった。
身長は半分ほどに縮み、手足は細く、声も高い。
顔は幼いが、目だけは変わっていなかった。
十歳前後。だが、意識は確かに“俺”だった。
周囲を見渡す。
壁際には、見たこともない装置が並び、棚には薬品と魔法陣の書かれた書物。
床には配線が這い回り、空気は黴臭い。
研究室――いや、実験室か。
ガラスケースの中には、見慣れない武具が収められていた。
深紅の剣。刃先が燃えているように見える。
隣には、浮遊する銃。銃口がゆっくりと動き、標的を探している。
そして、宝石が埋め込まれた杖。どれも形状が
権力者たちが集めていたそれに似ていた。
研究対象か、兵器か。あるいは、新たに作り出しているのか。
俺の職業的な勘が、警戒を
だが、それ以上に――身体に違和感があった。
重心が変わり、視界の高さが低い。
筋力も落ちている。これでは、まともに戦えない。
ぶかぶかの服が肩からずり落ち、血まみれのエプロンだけが妙に目立っていた。
手足は細く、動きも鈍い。
刀は持っていない。
そもそも、常に携帯していたわけじゃない。
あったとしても――今の俺には、握る感覚すら遠い。
それでも、思考は
状況を把握し、敵意の有無を探る――それが、俺の癖だった。
女は魔女を名乗り、指輪が原因だと告げた。
ここは、俺がいた世界とは異なる場所――異世界だという。
彼女が研究しているのは「古代遺物」。
今は失われたオーバーテクノロジーで作られた武具や装飾品が主な対象らしい。
俺がボスから受け取った黒の指輪も、そのひとつ。
つまり、俺たちが集めていたのは、異世界からの漂流物。
『
魔女の話によれば、俺の転移は都市の中枢AIが予測した未来の事象に含まれていたらしい。
「確実にこの場へ転移するように細工はさせてもらったけどね」
得意げに言う彼女の顔は、どこか満足げだった。
魔法だの異世界技術だの――俺には理解できない領域だ。
だから「それはすごいな」とだけ返しておいた。
十年の家政夫生活で、主婦との会話術はそれなりに磨かれた。
相手の話に合わせるのも、仕事のうちだ。
魔女は魔導書を片手に、転移座標の補正、時空層の同期、因果律の再構築――そんな言葉を並べていた。
まるで、魔法と量子演算を掛け合わせたような理屈だ。
俺には専門用語の
口数が多い時ほど、人は何かを隠している。
つまり、彼女は何かを隠している。
だが、今は詮索しない。
それよりも、俺にとって重要なことがある。
生きること。そして、復讐すること。
俺は神谷
そして今、異世界の魔女の研究室で目を覚ました。
転移の原因は、黒い指輪。
記憶を形にする力があるらしい。
組織が崩れたのは、外からの攻撃だけじゃない。
ボスの指輪が消えていたことから、見当はついている。
裏切り者の名は、志藤
かつて俺の背中を追っていた男だ。
不器用な俺でも、それなりに仲良くやっていた。
仕事の息も合っていたし、
それなのに――組織を裏切り、灯をも手にかけた。
あいつが何を考えていたのか、今の俺にはさっぱりわからない。
ただ、あの目だけは、今も脳裏に焼きついている。
魔女――エリシアによれば、白と黒の指輪は“対”をなすという。
つまり、もう片方の指輪を持つ夕眞も、この世界に転移している可能性が高い。
この異世界で、俺を待っている。
それが偶然か、意図的か――今はまだわからない。
「ふーん、子供の姿に……召喚魔法の副作用かしら」
俺が子供の姿になった理由。
おそらく、灯――娘の年齢と関係があるのだろう。
他に子どもで連想できるものはない。
黒い指輪が記憶を呼び起こす力を持つなら、灯を失った悲しみが、肉体にまで影響を与えたということだ。
少なくとも、俺の人生に深く刻まれているのは間違いない。
それよりも、魔女の言葉で、ある考えがよぎった。
もし指輪を
だが、エリシアは否定した。
異世界転移の発動条件のひとつは――持ち主の死。
生きている限り、指輪はその力を発揮しない。
次元の壁を越えることで、新たな能力を得るらしい。
つまり、ボスの魂は、俺をこの世界へ導くために使われた。
彼女は一瞬だけ目を細め、それから話を逸らすように声を上げた。
「まあいいわ。あなた、掃除できる?」
魔女・エリシアは、白衣のようなローブを
年齢は二十代前半に見えるが、瞳の奥には知性と疲労が
美しい。だが、どこか無防備だった。
俺の血まみれのエプロンを見て、家事ができるとでも思ったらしい。
どうして血まみれなのか、聞くのが先だと思うんだが――まあ、頭がイカれてる。
……だが、嫌いじゃない。
俺に
クマのアップリケに血が滲み、返り血で硬くなっていた。
ガラスが
彼女が案内した研究室は、ゴミ屋敷だった。
床には紙くずとガラクタが散乱し、空気には薬品と埃の臭いが混じっている。
剣を振るう前に、まず
──これは、断罪屋としての過去を脱ぎ捨てる一歩。
そして、家政夫としての新たな戦場の始まりだった。
雑巾一枚で、俺はこの都市に足を踏み入れた。
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