第1話-1 不思議な生き物、マスコット?

 第一話 しゅ~か

 

 弱きを助け悪しきを挫く正義のヒロイン・ロストメリア。彼女たちは、今もどこかで助けを求める人々を救い続けている。

 そんなロストメリアとの出会いから二年が経ち、白柳柊花しらやなぎ しゅうかは高校二年生になった。

 あの日から柊花の憧れの存在となったロストメリア。しかし不思議なことに、あれから二年経った今でも、彼女たちに関する噂を耳にしたことは一度もない。

 いったい彼女たちは何者なのだろうか。そんな疑問を抱きながら、柊花はいつも通りの生活を送っていた。

 

 五月の中旬。二年次の生活にも慣れてきた頃。

 いつもは家までまっすぐ帰る柊花だが、今日は寄り道をしてアルストロメリアの咲く丘に来ている。

 柊花がこの丘の存在を知ったのは二年前のある出来事がきっかけだった。

 あの日、柊花はストーカーに襲われているところを、モーベットという名のロストメリアに助けられた。この丘はその時モーベットに連れてこられた場所なのだ。

 あれ以来、柊花はすっかりモーベットに憧れてしまった。

 ここへ来れば、またモーベットに会えるかもしれない。

 柊花はそんな淡い期待を抱いて、毎月この場所へ足を運んでいる。


♦♦♦

 

 丘に着いた柊花は、モーベットを探そうと辺りを見回した。

 きょろきょろしながら丘を歩き回るうちに、時間はあっという間に過ぎていく。

 だんだんと太陽が低くなり、空が夕焼け色に染まりはじめている。

 やはり今日も、モーベットは現れなかった。


(今日もダメだったなぁ……)


 柊花は残念そうにため息をついて、荷物をまとめる。帰ろうと思い立ち上がろうとしたその時、柊花の視界の隅で何かが動いていることに気がついた。


「もしかして……!」


 柊花は慌てて立ち上がり周囲を確認する。動いたなにかを探してみると、一輪のアルストロメリアがゆらゆらと揺れているのが目に入った。

 柊花は揺れたアルストロメリアに視線を向ける。するとそこから、ハートの形をした小さな何かが顔を出した。

 ハートの形をした淡いピンク色の身体に水色の羽を持ち、頭には天使の輪のようなものがついている。大きさはモルモットくらいで、柊花の両手に収まりそうだ。


「なに……? あの生き物……」


 柊花は見たことのない不思議な生き物をじっと見つめた。生き物は水色の羽をパタパタ動かし、花から花へ飛び回っている。


「なんか、可愛いかも……」


 そのまましばらく生き物を見つめていると、こちらに気がついた生き物が柊花の方へ近づいてきた。

 生き物は柊花の目の前までやってくると、眉間に皺を寄せて柊花を睨みつける。


「おい」

「えっ?」


 突然喋りだした生き物に驚いて、柊花は目を見開く。


「お前なぁ~さっきから何なんだよぉ~」


 生き物は柊花に文句を言ってくる。柊花は困惑した表情で生き物を見つめた。


「えっと……何って……?」


 柊花が恐る恐る聞き返すと、生き物はムッとした表情を浮かべた。少し怒ったのか、生き物はまくしたてるように話しはじめる。


「だまって飛んでりゃジロジロジロジロ……なんだぁ~? オイラの顔になにかついてるのかぁ?」

「ええっ!?」


 可愛らしい見た目とは裏腹に、少し乱暴な言葉で柊花にグイグイと迫る生き物。柊花は圧倒されつつも、生き物をなだめようとした。


「あの……別にジロジロ見てたわけじゃ……」

「じゃあなんだぁ? 文句あるなら言ってみろよ~!」


 柊花の言葉を遮ると、生き物はさらに怒り出す。柊花は一歩後ずさりながら答えた。


「いやあ、文句っていうか……なんか、変だなって……」

「変だとぉ~!?」

「変! 変だよ! だって私、あなたみたいな生き物見たことないんだもの!」


 柊花の言葉に反応して、先程よりも怒った表情を見せる生き物。

 柊花はガサゴソとカバンを漁る。そして中から鏡を取りだすとそれを生き物に向けた。


「鏡見てみて? 一頭身だし、ハートの形だし、なんか飛んでるし、おまけに喋るんだよ?」

「……」

「ね? 不思議でしょ?」


 柊花の問いかけに生き物は黙ってしまった。柊花は一瞬不安になって生き物を覗き込む。生き物は鏡を一、二秒ほど見つめると、口を開いた。


「そんなのあたりめ~だろ。マスコットなんだから」


 ケロッとした顔でそう答えるマスコット。柊花は目を見開いて、マスコットをじっと見つめた。


「……マスコット?」

「そ~だよ。マスコット! お前もロストメリアなら知ってんだろぉ~? 魔法界からやってきたかっわい~生き物のことだよ」


 マスコットは自信満々に説明する。

 マスコットに魔法界。

 柊花は聞き覚えのない言葉に眉間に皺を寄せると、訝しげな表情でマスコットを見つめた。


「えっと……魔法界? よく分からないなあ……それに私、ロストメリアじゃないんだけど……」

「は? ロストメリアじゃない?」


 柊花の返答に、今度はマスコットの方が驚いた表情を見せた。


「ま……マジかぁ~……やっちまったぜ~」


 マスコットは残念そうに羽をへにゃへにゃと萎ませる。

 それから間もなく、何かに気がついた様子を見せると、マスコットは眉をひそめて身体を横に傾けた。


「ん? おかしいな」

「え?」

「お前、一般人なんだろぉ? どうしてロストメリアを知ってるんだ?」


 マスコットの話し方を見るに、どうやら一般人である柊花がロストメリアを知っているのは普通のことではないらしい。


「どうしてって……」


 しゅ~かがそう言いかけた時、空から赤いバラの花びらが降ってきた。

 しゅ~かは花びらを拾って空を見上げる。見上げた先には、赤いバラの花で装飾された綺麗な馬車が浮かんでいた。


「うわあ! すっごく綺麗な馬車! こんなの絵本でしか見たことないよ!」


 柊花が馬車に感動していると、マスコットはわなわなと体を震わせ、慌てだした。


「おいお前! 逃げるぞ!」

「逃げるって、どうして?」

「いいから走れ! あっちだ!」


 マスコットは羽で方向を示す。柊花はわけもわからないまま、マスコットが言った方向に向かって走り出す。


「にげるってどういうこと? ねえ、あの馬車って何か危ないやつなの?」

「あぶねーなんてもんじゃね~よ! あれはただの馬車じゃない。悪いやつらの戦艦なんだ!」

「悪いやつら?」

「そう。あいつらの名前はア・パシオナード。ロストメリアを捕まえてどっかに連れて行っちまうんだ!」


 マスコットの話を聞くに、ア・パシオナードに捕まったロストメリアたちがどこへ行くのか、捕まったあと何をされるのかは誰にも分からないらしい。


「ってなわけで、あいつらに見つかったらやばいんだよ! 分かったか?」

「うん! でも、私はロストメリアじゃないから捕まりはしないと思うけど……」


 柊花は腑に落ちない表情でそう言いかける。その瞬間、上空から光のようなものが降ってきた。 

 柊花たちが空を見上げると、ア・パシオナードの馬車がどんどん大きくなっていくのが目に入る。 

 ただし、馬車自体が大きくなっているわけではない。

 馬車が大きく見えるのは、柊花たちに向かって急降下してきているからだった。



「まずい!」

「どうしよう! 潰されちゃう!」

「逃げるにしても時間がねぇ! オイラたちもうおしまいだぁ~!」


 二人が身構えたその時。

 どこからか足音が聞こえると、柊花とマスコットの前に一人の女性が現れた。


続く

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