第23話

第23章 – 毒の圧力


ヘンとレナは階段を登り続けていた。しかし一歩進むごとに、その足取りはますます重くなっていく。空気はすでに薄く、そして階下から階上へと迫り上がる毒の存在が、二人を締めつけていた。


レナはふいに立ち止まり、手すりに体を預けて荒い息を吐く。汗が額から流れ落ちた。


「わ、わたし……もうあなたについていけない……ヘン……」

声は震え、途切れ途切れだった。

「肺が……爆発しそう……」


ヘンは彼女の腕を強く掴み、その瞳を真っすぐ見つめさせた。

「深く息をしろ。パニックになるな。今こそ冷静さを失ってはいけない。」


レナは悔しそうに首を振った。

「そんな簡単に言わないで……わたしにはできないの。わたし、そんな強さなんてない……」


ヘンは一瞬、目を閉じた。耳の奥には、さきほどまで響いていた悲鳴や銃声の残響がこびりついている。

「俺だって、生まれつき強かったわけじゃない。世界に強制されたから、早く学ぶしかなかったんだ。適応できなければ死ぬ。ただそれだけのことだ。」


レナは下唇を噛み、涙をこらえる。

「じゃあ……わたしは死ぬんだわ。だって、弱いから……」


「そんなこと言うな!」ヘンは唸るように遮った。

「誰も最初から強いわけじゃない。力ってのは、自分で戦うと決めた時に初めて手に入るんだ。お前は今、ここにいるだろ? 本当に弱い人間なら、ずっと前に諦めてたはずだ!」


レナは視線を逸らし、恥ずかしそうに肩を震わせた。それでも不安は消えない。

「でも……もしわたしが足を引っ張ってるだけだったら? あなたの重荷になってるだけなら……置いていった方が……」


ヘンは立ち止まり、怒気を孕んだ目で彼女を睨みつけた。

「二度とそんなこと言うな。お前が死んだら、俺も終わりなんだ。だから黙ってついて来い。」


沈黙が数秒続き、響くのは階段に落ちる二人の足音だけだった。やがて、鉄の扉が行く手を塞ぐ。次の階への通路だ。


ヘンは肩で押し開けようとしたが、扉はびくともしない。力を込めても、結果は同じだった。

「……閉ざされてる。」歯を食いしばり呟く。

「クソッ、誰かが先に手を打ってやがったな。」


彼は一瞬で状況を見抜く。単なる鍵ではなく、内側から何かで塞がれているようだ。

「これは戦術だ……」低く呟く。

「下の階にいる連中を閉じ込めて、毒で始末するつもりだ。そうすれば、あいつらは手を汚さずに済む。」


再び体当たりを試みようとした瞬間、銃声が轟いた。弾丸が扉を貫き、ヘンの頭すれすれをかすめ、壁に跳ね返る。彼は反射的に身を投げ、レナを引き倒した。


「クソッ!」

全身にアドレナリンが駆け巡る。


続けざまにもう一発。木材が弾け飛び、レナは目を見開き、恐怖に体を縮めた。

「……私たちがここにいるの、わかってる……」


ヘンは深く息を吸い、冷静に状況を整理する。力任せでは突破できない。彼はレナに顔を寄せ、声を落とした。

「このまま扉を壊そうとすれば、蜂の巣にされる。」


レナは喉を鳴らし、震えながらも必死に頷く。

「じゃあ……どうするの?」


ヘンが答えようとした時、レナは視線を上げた。その目には、恐怖だけでなく、かすかな決意の光が宿っていた。


「……わたしに、考えがある。」


ヘンは驚いたように彼女を見つめる。

「早く言え、レナ。」銃を握る手に力を込めながら。

「この扉がもつのは、あと数発までだ……」

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