第22話
第22章 ― 階段の残響
【生存者は残り287人。】
空気はすでに重く淀んでいた。
ヘンとレナが踏みしめる一段一段の階段は、登るごとに狭まり、息苦しさを増していく。
自分たちの足音が冷たい鉄を打つたび、それはまるで告発の鐘のように響き渡り、ここにまだ生者がいると告げているかのようだった。
最初の音が鳴り響いたのはその時だった――叫び声。
頭上から、痛みに引き裂かれたような声が響き、すぐ後に乾いた銃声が繰り返し轟いた。
ヘンは反射的に立ち止まり、手で合図を送り、レナを壁際へと押しやった。
「上を無警戒に進むのは危険だ。」
言葉にせずとも、彼の瞳はそう告げていた。
レナの心臓は胸を突き破りそうに高鳴っていたが、彼女は従順に動いた。
一方、ヘンは下方に鋭い視線を向ける。
そこで目にしたのは、望まぬ現実――ガスだった。
灰色の靄が静かに這い上がり、下層階を覆い尽くしていく。
それは毒の潮流のように迫り、建物そのものが音を立てて溶け崩れていくようだった。
その瞬間、下の階の扉が乱暴に開いた。
一人の青年がよろめき出てきた。赤く充血した瞳、汗で濡れた顔。咳き込みながら必死に階段を登ろうとする。
ヘンは反射的に銃を構え、その胸元へと狙いを定めた。
「だめ!」
レナが必死に囁き、彼の腕を掴んだ。
だが、ヘンの視線は揺るがない。
「撃ちはしない。」小さく呟く。「もうすでに死んでいる。」
その言葉を証明するかのように、青年は膝から崩れ落ち、痙攣を始めた。
肺は呼吸を拒み、喉はかすれた悲鳴を漏らす。
爪で自らの皮膚を引き裂きながら、虚空と戦い、やがて最後の痙攣を残して動かなくなった。
レナは口を覆い、吐き気を必死に抑えた。
しかし、ヘンは視線を逸らさない。
すでに理解していたのだ――あの毒ガスが何をもたらすのかを。
だが、その断末魔は虚空に消えなかった。
上階の廊下から声が響く。
「おい! 今の聞こえたか? 階段からだ! 確認しよう!」
ヘンは深く息を吐き、レナを壁に押しつけ、囁いた。
「踊り場の影に隠れてろ。あとは俺がやる。」
彼女は頷き、後退する。
ヘンは扉の横に身を寄せ、刃を構えた。
呼吸を整え、岩のように身動きを止める。
足音が近づく。二つの影が扉の向こうに立ち止まった。
「な? だから言ったろ、誰かいるって!」
ヘンはもう待たなかった。
勢いよく取っ手を引き、刃を突き立てる。
鋼が肉と骨を裂き、くぐもった悲鳴が上がった。
そのまま一人は崩れ落ち、血を床に引きずりながら動かなくなった。
「くそ野郎!」
もう一人が叫ぶ。
「階段に隠れてやがったぞ!」
銃声が二度、扉を貫いた。木片が四散し、廊下に舞う。
レナは自らの口を押さえ、声を殺した。
だが、ヘンはすでにその場を離れていた。
扉を蹴破って現れた男たちが目にしたのは、ただ床に広がる血の跡だけだった。
「逃げたのか?」
一人がかがみ込み、呟く。
もう一人は銃を構え、辺りを探る。
その瞬間――沈黙を裂く銃声が響いた。
ヘンは階段の上から、鉄格子越しに狙いを定め、引き金を引いたのだ。
弾丸は男の頭蓋を貫き、彼は操り糸を切られた人形のように崩れ落ちた。
返り血を浴びた仲間は悲鳴を上げ、恐怖に駆られて逃げ出した。
レナは目を見開いた。
これほど冷徹に、これほど速く動くヘンを、彼女は初めて見た。
ヘンは無言で弾を込め直す。その表情は鉄の仮面のように揺るがない。
取り残された男は銃を投げ捨て、絶叫しながら廊下を駆け去った。
ヘンはレナを見据え、低く言った。
「そういうことだ。情けは通じない。奴らにも…誰に対しても。」
そして、ゆっくりと迫りくる毒ガスを背に、二人は再び階段を登り始めた。
その一段一段は、死に追われながら駆け上がる競争のようだった。
前方には敵、背後には迫る毒。
【生存者は残り214人。】
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