第16話
今見えている光景はヘンのものではなかった。
それは、一人の少女の視点だった。
彼女は震えながら銀色の腕時計を見つめていた。
混乱の中でも、まだ動き続けている。
――1時36分。
この忌まわしいゲームが始まってから四時間が経っていた。
どうして自分がまだ生きているのか、不思議でならなかった。
最初、クラスの全員が発狂し、狂ったように互いを殺し合い始めた。
だが、彼女は運が良かった。
座席が出口の近くだったのだ。
その小さな利点が命を救った。
小柄な体で廊下に飛び出し、倒れた机の後ろに隠れた。
そこに身を縮め、膝を抱きしめ、静かに涙を流し続けた。
彼女の脳裏に焼き付いている最悪の光景――
血に濡れたカッターを握ったクラスメイトの少女が、廊下をゆっくりと歩いていた。
顔は狂気の笑みに歪み、少年をためらいなく何度も刺し殺した。
その狂気の視線が、彼女に向けられた。
血走った瞳。獲物を狙う獣のような眼差し。
少女は一歩、また一歩と近づいてくる。
血を滴らせた刃を持って。
――ここで死ぬ。彼女はそう思った。
だが、その瞬間。
廊下を別の生徒が全力で駆け抜けた。
狂気の少女はそちらへと注意を向け、追いかけて行ってしまった。
彼女は置き去りにされた。
今頃、クラスの全員は死んでいるのだろう。
少女は声を殺して泣いた。
肩を震わせ、喉が焼けるように痛んだ。
それでも、必死に涙を拭った。
「今は弱音を吐けない……」自分に言い聞かせるように呟いた。
床に落ちていた木の破片を拾い上げる。
唯一の武器になりそうなものだった。
膝が震えながらも立ち上がる。
――生き残らなきゃ。
数歩進んだその先に、群れが現れた。
白濁した瞳を持つゾンビたち。
腐り果てた肉体、食いしばった歯。
腐敗の臭気が胃を逆流させる。
彼女は両手で木片を握り締め、恐怖と勇気の叫び声を上げた。
一体に叩きつけたが、非力な腕ではかすり傷しか与えられない。
別の一体が襲いかかり、彼女は床に押し倒された。
目を閉じる。
「もう終わりだ」そう思った。
その時、金属音が響く。
――エレベーターの到着音。
扉が開く。
彼女の心臓は凍りついた。
「遅すぎた……また怪物が……あるいは、殺しに来た人間が……」
震える手で再び木片を構える。
最悪に備えて。
だが、エレベーターの中から聞こえたのは低く力強い声だった。
「伏せろ!」
本能的に床に身を投げ出す。
直後に二発の銃声。
――パン! パン!
ゾンビの頭部が撃ち抜かれ、血肉を撒き散らしながら床に崩れ落ちる。
膝をついたまま、彼女は顔を上げた。
エレベーターの中に立っていたのは、一人の男。
手にはリボルバー。
鋭い眼差しで周囲を警戒している。
彼は小さく呟いた。
「……頭を撃たないと死なないか。覚えておこう。」
少女は荒い息を吐きながら、生きていることが信じられなかった。
エレベーターが彼女を救った。
いや――銃を持つその男が。
こうして、初めて二人の運命が交差したのだった。
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