第23話

「大丈夫か、アメス?」

「ありがとうございます。お陰様で落ち着いてきましたわ」


 魔王城の最深部へと向かって長い階段や広間を走り続けるフレイムとアメス。一時はゴキブリの罠により激しく動揺していたアメスだったが、一心不乱に足を動かしていくにつれて次第に本来の冷静さを取り戻しつつあった。


「こうも障壁が無いとなると、やはり不気味だな……」

「ですわね。ですがこの状況そのものがわたくしたちを油断させる罠かもしれません。慎重に参りましょう」

「ああ。ここまで来て、油断はしないさ」


 彼らの往く道を隔てるものは何も無い。だからこそ、フレイムの心には緊張が走っていた。気を抜いた瞬間、何かが襲ってくるのではないか、と。


「ここは……?」

「大広間のようですわね」


 やがて走り続けると、一際開けた大広間のような部屋へと辿り着いた。宝箱も何も無いだだっ広い部屋の先には、奥へと続く階段と――。


「あの女の子は……?」

「まさか……!」


 階段の段差に座り、自分の身の丈程の大きさのある大剣を抱いた赤いツインテールが特徴的な少女がフレイムたちに顔を向けた。


「ええ。あたしはスノードロップ王国第一王女、リラ・ベルティーユよ。あんたたちが来るのを、ここでずっと待っていたの」

「スノードロップの……第一王女だって……!?」


 どうしてそんな人物がこんな場所に? リラ王女の率直な自己紹介にフレイムは耳を疑った。


「あたし、魔王軍に誘拐されたのよ。だからあんたたちが助けてくれないかなーって思ってたんだけど……」


 リラはそう言って立ち上がると大剣を両手で持ち、真正面に構え――。


「ちょっと、退屈してきちゃったのよ」

「……わたくしと、戦うつもりですか」

「な……!」


 迷いなく、アメスに斬りかかった。アメスは寸前のところで服に隠していたナイフを取り出し盾のようにかざしたため防御することに成功したものの、その光景を見ていたフレイムの心は激しく動揺していた。


「待ってくれリラ王女! 俺たちは敵じゃない!」

「敵じゃない……確かにそうかもしれないわね。でもね……」


 リラは再び剣をアメスに向かって振るう。大きさからしてかなり重そうだが、リラは難なく持ち上げることが出来ていた。


「この剣、魔王軍から貰ったものなの。だけど使わないまましまっておくのも、勿体ないじゃない?」


 アメスは再び身を翻して寸前で切り裂かれるのを避ける。


「フレイム、魔王の元へ先に行ってくださいまし。この方のお相手は、わたくし一人でいたしますわ」


 ナイフの先端をリラに向けながら、顔をフレイムに向けてアメスが言った。


「くそっ! どうしてこんなことに……!」

「早く行ってくださいまし。魔王を打ち倒せるのは、フレイムしかいないのですから」

「…………わかった」


 フレイムは強引に自分を納得させたかのようにゆっくりと首を一回縦に振ると、リラが離れがら空きとなった階段へと向かって走り出した。


「王女と戦って本当にいいのかしら? あんた、元々伯爵令嬢だったんでしょ?」


 当然ながら貴族階級として見ても、アメスの実家――リオラセット家の爵位は伯爵は王族と比べると遥か下の存在だ。そのような立場の人間が王族に逆らったのならば……どうなるかはどちらの目にも明らかだった。


「いいんですわ」


 しかしアメスは、極めて落ち着いた口調でそう返事をした。


「だってわたくしは、もうとっくにリオラセット家の人間では無くなっていますもの。貴女こそよろしいんですの? 一国の王女たる人間が魔王の配下になったのだと知れたら、貴女の国中、いえ、世界そのものが窮地に立たされるんですわよ」


 そして、大剣を構え続けているリラに忠告する。本来であればこんな戦いなどするべきではないという事実も、どちらの目にも見えていた。


「かも、しれないわね。だけどいいの。だって――」


 リラが再び剣を薙ぐとその巨大な軌跡から衝撃波が放たれ、アメスの華奢な身体を襲った。アメスはこれもかろうじでナイフを構えて凌ぐ。


「あんたも本当は、戦いたいんでしょ?」


 剣を床に突き刺しながら、リラはアメスに尋ねた。


「そう……ですわね」


 アメスが俯きながら服を整え始めたかと思った刹那、リラの背後を凄まじい殺気が襲った。


「!」


 リラは地面に刺さった剣を軸にし空中を回転することで、殺気の正体――アメスのナイフの一撃を紙一重で避けた。


「ずっと考えてたんですわ。どうすれば貴女のような綺麗なお姫様を引き裂けるのか、と」


 両手に持ったナイフの先端をぶつけながら、アメスは囁く。


「だから、わたくし、今……すごく興奮してしまっていますの……!」

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