第16話 第3種専属能力者


「巡査どうしたんだ!今すぐ試験を中断しろ!須藤!何をしたんだ!」


 2階の観戦席からババアの怒声が響く。何をしたと言われ冷静になって思い当たる節を探っても直前に能力は発動しなかった。可能性があるとすればもっと前に発動したはず能力が今頃になって発動したのだろうか。


 ババアは怒鳴り声を上げながらカッカッと黒くテカったハイヒールの音を会場中に響かせながら僕に近づいてきた。その顔からも分かる通りお叱りタイムだ。どうせあーだこーだと文句を一方的に言われるのだろう。そんな不機嫌なババアとはなるべく距離を保ちたかった僕は退ける様に一歩後ろへ下がった。


「答えろっ!」


 上を見上げると、怒りに満ち瞳孔が開いた鬼の様な形相が僕を見下していた。


 その時、彼女の瞳だけを残して他の顔の皮は全てが真っ黒に見えた。


「いや、これは…。何したんだって言われても、僕にも分かんねえよ!何も…」


「言い訳は結構。取り敢えず試験は中止だ」


「言い訳ってなんだよ!僕は本当のことを言っただけだ!」


 何故だ。何故分かってくれない。子供だからって僕の言うことを頑なに全部否定する。こいつは歩み寄っても、話を聞く耳も持ってくれない傲慢な大人だ。いや、大人だ子供だどうこうより一人の人間として話が合わない。


 僕は徐々に怒りを募らせ、そろそろ手が出そうだという限界の所まできている。すると、奥の扉からシワ一つないスーツを着たおっさん達がノソノソと現れた。


「大庭長官…何故ここに…」


 ババアは一番後ろにいた強面の男と目を合わせる。


 この親父、ババアの半分怯えたような声と、こんなトラブルがあっても「慣れ切ってますよ」と背筋をピンと伸ばし表情一つ変えない風貌から恐らくかなりのお偉さんだろうと察しの悪い僕でも分かった。


「君とその推薦者が来ているというんでな。君が推薦なんて珍しいと思ってね。少しばかり面白そうだなと、来ただけだが?休憩ついでだよ」


「くっ…」


「戸越警部補。乙神巡査のことが心配なのか?その事なら問題…」


「違います。彼の身体はまぎれもない空白の期間製です。あれくらいの攻撃、自己防衛プログラムを展開すれば平気でしょう。そんな事よりも、こいつに専属能力者になれる資格はありません。実力しかり、精神性しかり…。今の攻撃だって、まぐれなんですよ!それに、まったくもって業を使いこなせて…」


「―――――戸越っ!いい加減にしろ!この子はまだ子供だ。大人気ない。なるか、ならないかは試験官達が決めることだ。お前には関係ないだろう!」


大庭長官とやらはまだ僕を能力者の地位から蹴落とそうとするババアに呆れそう言い放った。


「ざまあみろ」


僕は聞こえないように小さい声でそう呟いた。


「君も必死なんじゃないか?子供相手に厳しく指導しすぎだ。ここで断言するが、10年前の”あれ”は事故だ。あれがなければ今頃、出世街道まっしぐらだったろうに…。もう何年も経ったが君は本当に惜しい人材だったよ…。で、また本部に戻りたいのか?」


「…」


「君に答える気がないのなら別にいいが…。それでこの子に厳しく指導を?この子の評価を独り占めするつもりか?」


「ち、違います!」


「君ほどの実力があってあんな所轄に配属されたら居心地悪いのは分かる。…他人の評価で自分も這い上がろうとするな。品のないやり方だとは思わんかね?」


 今さっきの威勢はどこにいったのか拳を握ってだんまりだ。それにしてもあの長官とかいうおっさんも言い過ぎなんじゃないのか、あのババアが言い伏せられてざまあないが、このおっさん達は嫌味を言ってるようにしか聞こえない。大人の世界の嫌な部分を小学生ながら見てしまった。


 ババアは相手が頭の上がらない上の人間だったからか頭を冷やし畏まった。その後おっさん達は下唇を噛みしめるババアに氷のような冷たい視線を送ると静かに立ち去っていった。


 それにしても”あれがなければ”って一体何のことだろうか。本部に戻りたい。以前、レイも同じようなことを言っていたよな。


 僕の功績を自分の功績にするつもりなのか。どこまでいっても人のことをパシリのように使いやがって。



※ ※




医務室では幸い意識を取り戻したレイと他の試験スタッフによる取り調べが行われていた。


「ではあの時の状況説明を詳しくお願いします」


すると、レイはぼうっとしながらも顔を横に振った。


「よく、分かりません。脳核に攻め込もうと異物が侵入してきたような気がします。身の危険を感じ自己防衛プログラムを作動したおかげで危機一髪でしたけど、普通のアンドロイドだったらどうなっていた事か…」


「それだけ須藤ミナトの力は強大だったと…?」


「はい。やはり、俺の予想した通りあの子には才能がある…」




※ ※




 あの後、試験は中止となった。僕は、回復したレイに謝ろうと医務室へ向かったがもうそこに彼の姿はなかった。


 僕が廊下でソーダを飲んでいると、ババアが茶色い封筒を手にもって近づいてきた。


「貴様、判定はランク4、合格だそうだ」


「…え?」


中を確認すると、【合格証明書。須藤ミナト殿。ランク4判定。第3種専属能力者試験合格をここに記する】と書かれた厚い紙が一枚出てきた。嬉しいかと言われればもちろん嬉しかった。だけ、専属能力者をしている僕の将来について考えてもワクワクしなかった。実感があまり湧いていないからなんじゃないだろうか。


 レイを追い詰めた僕がランク4だったら、恐らく花之木は基準に届かなかっただろう。


 正直、あれだけの実力を見せれば3くらいはいくもんだと思っていた。いや、花之木の為にもいって欲しかった。


 業使いの壁は僕が想像していたより遥かに大きい。


「…せいぜい便所掃除でも頑張っていろ」


 ババアは気に食わなそうな表情でそう言い残し去っていった。血の気が多い僕もこの時ばかりは花之木の事が心配で、ババアに反論する余裕もなかった。


 僕は1人でエントランスを歩いていると下を俯く花之木を見つけた。このまま彼女を無視したほうが僕や花之木、どっちもの為だったかもしれない。だが、僕は勇気を振り絞って花之木に話しかけた。


「花之木…!あの、その…」


 僕は頭を掻きながらあの、その、えーっと、をビデオテープのように繰り返す。励ましたかったのか、全く関係ない話をして気を紛らわせようとしたかったのか、自分でもよく分からなかったし、彼女を元気ずけようとすればするほどそれらしい言葉が見つからなかった。


 だったら、どうして話しかけたんだよって、そんな自分が嫌だった。


「ミナト。私ね…ミナトを推薦してくれた人の気持ちが分かる気がするんだ。多分、ミナトをいびりたくて色々口うるさいこと言ってる訳じゃないと思う」


「そんなの嘘だ!…じゃ、じゃあ仮にそうだとして何でだよ」


「多分ね、専属能力者って嫌なこととか辛いこととか…沢山あるんだよ。だから、自分みたいになってほしくないんだろうなあ…。だからさ、1回話してみたらどう?」


「ふぅん…」


 僕はあのババアの気持ちになんて微塵も興味がなかった。所詮赤の他人だ。出会って1週間ほどしか経っていない僕の事を心配したって自分の得にはならない。どうせ、ライバルが増えるのが気に入らないんだと僕は苦り切った顔をした。


 それに試験を受けた花之木にだってブーメランな発言だ。まるであんだけ必死になっていた自分は受からなくて良かったんだって遠回しに負け惜しみを言っているような気がして重い雰囲気になった。


 彼女は良い奴だけど頭の固い分からず屋だなって、この時の僕は勘違いしていた。


「おーいミナト!何やってるんだ!帰るぞ!」


 大きな声とともに元気そうなレイが遠くから手を振っていた。


「ごめん僕もう行かなくちゃ。花之木、また会おうな!」


 僕がそう言い大きく手を振ると、背を向け歩く花之木は「うん。またね」と言うように小さく右手を上げた。


「バイバイ。ミナト、さようなら」


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