魔法使いは悪魔と嘘と戯れる

28

プロローグ



 眼下に拡がるは、異形のるつぼ。

 形も大きさも百者百様。

 されどそろって怒気も露わな悪魔たちは、僕の姿をみとめて猛る。


「どうやってここを突き止めた……ことごとく邪魔をするか、魔法使い風情が!」


 下水処理場の最奥。

 玉座から大悪魔が身をのり出し叫ぶ。


 脚は駱駝らくだ、腕は獅子。褐色の肌に白銀の長髪をなびかすその悪魔は威厳を漂わせるも、どこか怯えた童子のようでもあった。

 ひかえる百千の下僕も同様に、怒りと怯懦を瞳にたたえていた。


 僕は括った髪を揺らし、ひとり階段を降りる。

 一段降りる度、最前の悪魔が後ずさる。


 遥か阿弗利加アフリカの地。

 地獄から召喚された甲三種悪魔、猜疑と不信の化身が築いた、偽りの王国。

 めいめいに武器をたずさえる異形の配下。


 けれど負ける気は毛頭なかった。


「生憎、ウソと騙し合いが得意なのは悪魔だけじゃないんですよ。どこに隠れても見つけ出します。この地上は僕ら人間のもの。不法悪魔は一匹残らずはらわせてもらいます」


 僕の足元で影が煮え立つ。

 原初の質量たる魔力プリマ・マテリアルに呼応して、硫黄と吐瀉と鉄錆の悪臭をたちのぼらせる泡は卵であった。

 汚泥の卵の中に構築する形相エイドスは、赤い複眼をそなえる頭部、毛むくじゃらの前・中・後脚、甲殻のような前・中・後胸と腹部。鱗弁と翅、それから交尾器を与えできあがった外形を、構造式と内臓で満たしていく。

 かくて肉体を得た式蟲へ、行動原理を与える呪言葉ロゴスは、『翔べや貪れ、穢し候え。産めよ殖やせよ、地に満ちよ』。


 仮初めの命と存在意義を与えられた卵が割れ、無数の羽虫が一斉に孵った。

 穢れた小さな災厄の羽音が暗い地下を震わせる。

 黒い嵐に悪魔たちが萎みゆく。


 眼前で、戦斧を握った猪頭の悪魔のか細い声が耳朶を揺らす。


「――嫌だ、俺は戦士として死にたかったんだ、こんな理不尽あんまりだ……!」


 玉座の大悪魔は白銀の鎧を纏い、麾下の兵に叫ぶ。


「ハッタリだ、あんなもの! 『穢泥王ダート・ダスト・レクス』などと持て囃されようと所詮人の身、魔王と同じことをできる訳がない! 臆すな進め、王の僭称者を殺せ!」


 それはあたかも、今にも逃げ出す己に言い聞かせ、信じさせるようであった。


「そう信じたいなら、そう信じるといい」


 誰に告げるともなく僕はうそぶく。



「我が悪魔よ。汝との契約に則り、『悪しき者共から弱き同朋を守り、正しいことのために戦い続ける』よ」



 その言葉を合図に、今かと待ち焦がれていた羽虫たちが濁流となる。

 黒い颶風ぐふうが貪食に悪魔たちへと吹き荒ぶ。

 やがて嵐は、異形の悪魔たちの纏う鎧も、禍具マガツグも、肉体も、そして悲鳴すらも呑み込んで、下水処理場を覆い尽くした。

  



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