スティメルド
マカロニサラダ
第1話 メガディスア軍対オーシャ軍
序章
時は――中世期。
今――アクバオ大陸は群雄割拠の最中にあった。
切っ掛けは、中央政府だったアクバオ王朝の分裂。
二つの派閥に分かれて内紛を始めたアクバオの王族は、ただ禍根だけを残した。
アクバオの内紛に勝者はおらず、ただ中央政府の力を衰退させただけだったから。
アクバオの力が落ちたのと同時に、多くの野心を持つ国々が兵を挙げたのだ。
今ならアクバオ大陸を――己が手中に収められる。
いや。
この大陸の名をアクバオから、自国の名前に変える事さえ可能だろう。
そう判断した各国の王達は――極自然な形で戦争を始めたのだ。
問題は、各国の人々が、決して凡夫ではなかった事。
各々の国には英雄と呼ばれる人物が必ず居て、それが大乱を長引かせる要因になった。
完全に纏まりを失ったアクバオ大陸は、今日も乱世の最中にある。
既に二十年ほど続くこの戦乱は、何時終わる?
何の力もない民衆が、安んじられる日は、本当に来る?
略奪が横行する乱世にあって、民衆の興味はそれだけだ。
平和であった二十年前に、彼等は思いを馳せるしかない。
過去を懐かしむ彼等に、未来を見通す事は、出来なかった。
「なら――その未来は私が見通しましょう」
或る魔眼の主が――そう嘯く。
いや。
彼女が抱いている物は、そんな大げさな物ではない。
彼女にとって天下を取るという事は、ただの手段に過ぎない。
彼女の目的は――ヴァザン・ティスカナを幸せにする事。
本音を言えば、それ以外の事は何もかもどうでもいいのが、彼女だ。
よってスティメルド・オーシャは――今日も戦場で辣腕を振るう。
ただただ――ヴァザン・ティスカナの為に。
1 メガディスア軍対オーシャ軍
オーシャ軍とメガディスア軍が衝突したのは――三月三日の事だ。
先に動いたのはオーシャ王国が擁する、オーシャ軍。
兵の数は一千程で、メガディスア軍の五分の一程でしかない。
戦争の趨勢は、兵の数によって決まる。
それは戦略の基本であり、ほぼ大前提といえる話だ。
だとすれば、オーシャ軍はただ悪手を打っただけに過ぎないだろう。
五倍にも及ぶ敵軍に正面から挑んだのだから、これは妥当な評価の筈だ。
しかも、オーシャ軍の失態は続く。
彼等は自軍の使い方を、完全に間違えていた。
◇
――ヴァザン・ティスカナという男が、居る。
彼は奴隷の子として育ち、十四歳まで農業に専念させられてきた。
ヴァザンは朴訥な少年で余りに素直と言える性格だ。
そんなヴァザンであるなら、他人の言う事に疑いを持つ筈もない。
自分の仕事はお偉いさんの言う通り、奴隷として農業に従事する事。
ヴァザンは為政者達の言う事をよく聞き、極めて普通の奴隷として振る舞った。
だが、内心為政者達の多くが、彼に恐怖を抱いていたと言ってもいい。
何せ彼の身長は、十四歳の時点で二メートルを超える。
いや。
この場合、三メートル近くと表現した方が、しっくりくるか。
更に言えば、ヴァザンは何の訓練も受けていないのに、強靭な肉体を誇っていた。
百キロはあるであろう岩を片手で持ち上げ、百メートル先まで投げる事が出来るのだ。
生身でそんな真似が出来る人類を、オーシャの為政者達が怖がらない筈もない。
ヴァザン・ティスカナこそ――人類の突然変異種。
彼は正に――人間の規格から外れていた。
その事をファーナ・オーシャが知ったのは、つい三年前の事だ。
何でもメガディスア王国の奇襲を、追い払った少年が居ると言う。
メガディスアはその村を焼き払い、少しでもオーシャ王国にダメージを与えたかった。
だが、その目論見は呆気なく潰える事になる。
「――なっ……にっ?」
その光景を見た時、メガディスア軍の司令官は目を疑った。
何故なら、そこには確かに悪鬼が居たから。
その悪鬼が完全武装の騎士を殴っただけで、騎士の首の骨は折れた。
その悪鬼が蹴りを入れただけで、騎士達は、二十メートルは吹き飛ぶ。
馬車にはねられた以上の衝撃を覚え、彼等は次々即死した。
いや。
パワーが凄まじいだけなら、まだ救いはあった。
軽装の兵達を使い、さすまたを使用して、その悪鬼の足を封じれば事足りる筈だから。
いかにパワーが凄まじくても、足を封じられれば後は組み伏すだけで打倒する事も可能。
そう計算していた司令官は、またも人ならざる威容を見せつけられる事になる。
「……だから、何なんだよ、おまえは――っ?」
本来、野獣の動きは速すぎて、人間の反射神経ではついていけない。
気が付けば殺されていたというのが、普通の人間の在り方だ。
ならば、それ以上の動きを以てメガディスア軍を翻弄するあの悪鬼は、何者なのか?
速い、速い、速い、速い、速い、速い、速い―――!
メガディスア軍が一動作する間に、その悪鬼は、五動作は行う。
メガディスアの騎士が腕を上げようとした時には、悪鬼の蹴りが五発は入っていた。
何せ、その悪鬼は今生まれて初めて、怒っている。
自分達の周囲の人々を問答無用で強襲してきたメガディスア軍を、悪鬼は敵視したのだ。
今までまともに喧嘩さえした事がなかった悪鬼は、けれど怪物じみた戦闘力を見せた。
一人で二百もの兵士を殴り殺した悪鬼は、確かにメガディスア軍にとって悪鬼なのだろう。
思わぬ反撃を受けたメガディア軍は――その日、撤退を余儀なくされたのだ。
その報告を受けたのが、既に宰相職に就いていた、ファーナ・オーシャだ。
はじめは噂に尾ひれがついただけだろうと思った彼女も、直ぐに認識を改めた。
只の気まぐれでその少年を招集してみれば、確かに噂に違わぬ人物だと感じたから。
「――成る程。
私達は鉱石の原石を――今まで見逃していた訳か」
ならば、この時点で少年の運命が変わったのは、言うまでもないだろう。
特別遊軍という待遇でオーシャ軍に編入させられた彼は、ただ首を傾げるだけだ。
〝……え? 俺って、そんな大それた事をした?〟と疑問に思うしかない。
今年十七歳になるその少年も、今や国の英雄として名を馳せていた。
幾つもの戦場を勝利に導いてきた彼ことヴァザン・ティスカナは――今日も戦い続ける。
◇
だが、そのヴァザン・ティスカナと言えど、五倍もの兵力差を埋めるのは容易ではない。
はじめは優勢だろうが、彼とて人間である事は確かなのだ。
恐らく千もの敵兵を倒した時点で、彼でも力尽きると言い切れる。
この戦は、ヴァザン・ティスカナに頼り切っては、決して勝てない。
明らかにオーシャ軍はヴァザンの使い方を、誤っている。
少なくともメガディスア軍の司令官である――ミルバ・パロはそう感じた。
「英雄と呼ばれる少年に、全ての責任を押し付ける、か。
いかに英雄を擁そうと、肝心の司令官が愚昧では宝の持ち腐れだ。
――勝ったな。
諸君――この戦は我が軍の勝ちだ」
ミルバはそう計算して、周囲に居る将軍達を鼓舞する。
ミルバはその優秀な知性を存分に用いて――対ヴァザン策に着手した。
◇
ミルバの狙いは――ヴァザンの孤立化にあった。
オーシャ軍の必勝法は、まずヴァザンが敵軍に突撃する事にある。
ヴァザンが敵軍の真っただ中で大暴れをして、敵の陣形を崩す。
その後、オーシャ軍本体が敵軍を強襲して弱体化を誘い、追い払うのだ。
実に単純な戦法だが、実績がその効果を示している。
今の所、この戦術を用いて、オーシャ軍が敗北した事はない。
だが、どれ程優れた戦術も、回を重ねれば対応策を練られる物だ。
この手で五度オーシャ軍に敗北したメガディスア軍は、遂にヴァザンの孤立化に臨む。
馬より速く走れるヴァザンは、兎に角突撃する。
対してメガディスア軍は、徐々に撤退していく。
その後退の仕方は実に絶妙で、常人では気が付かない程だ。
それはもう、ヴァザンが味方の兵と大分距離を置いている事に、気づかぬ程に。
「なまじ優れ過ぎていると、そうなる。
自分が優秀である事に気づかない人間は――他人も自分と同じ事が出来ると錯覚する」
よってヴァザンもまた、自分が前に出過ぎている事に気づかない。
自軍の兵達も、己の直ぐ後についてきていると、疑わない。
いや。
ヴァザン・ティスカナとは、もとより後ろを振り返らない性格の持ち主だ。
彼は今日も自分が出来る事を、するだけ。
今までの戦闘でヴァザンの性格を読んでいたミルバ・パロは、ヴァザンを誘い込む。
見事にヴァザンとオーシャ軍の引き離しに成功したメガディスア軍は、遂に動く。
後退を急停止した彼等は、あろう事か二千もの兵を、たった一人の兵士の為に使った。
「二千の兵を以て、孤立したヴァザン・ティスカナの足を止める。
残り三千の兵は、U型陣形を敷いて、敵を誘い込め。
我が軍はヴァザンの孤立化を知らぬオーシャ軍を、このまま誘導する。
敵が突っ込んできた所で、半包囲を完成させて、そのまま敵を殲滅するのだ」
ミルバのこの策は――確かに成功した。
メガディスア軍はヴァザンを孤立化させ、オーシャ軍を半包囲したのだ。
ヴァザンが敵兵を二千受け持っているとはいえ、まだ敵軍は三千も居る。
多勢に無勢である以上、オーシャ軍の劣勢は間違いない。
現にこの戦闘で、オーシャ軍は三百人もの兵を失う事になる。
全軍の三割を失った以上、戦線は維持できない。
オーシャ側の戦闘司令官であるマリウェルアはそう判断して、速やかに逃げ出す事にした。
「――撤退よ!
撤退!
ああ、もう!
何なのよ、本当!
頭に来るわ!」
本気で怒りながら、マリウェルア・カーナは、自軍を反転させる。
撤退を開始して、死に物狂いでこの戦場から逃げ出した。
だが――それを見逃すメガディスア軍ではない。
殲滅戦を開始したメガディスア軍は、そのまま三千の兵を用いて、オーシャ軍を追う。
この撤退戦で、更に百の兵を、オーシャ軍は失った。
「……これは、不味い、か――!」
自軍が危機的状況にある事を、マリウェルアは何ら疑わない。
或いは全滅さえするかもと、彼女はいよいよ覚悟する。
後に〝カイザルの森林戦〟と呼ばれたこの戦いは――いよいよクライマックスを迎えた。
◇
「成る程。
そういう事、か」
この時、ミルバ・パロはオーシャ軍が何に救いを求めているか、看破した。
オーシャ軍は、カイザル平原の南にある大森林に逃げ込もうとしている。
森に身を潜ませ、メガディスア軍をまくのが、オーシャ軍の狙いだろう。
いや。
ミルバ・パロの懸念は、一つだけだ。
「――伏兵、か?
敵の狙いは、我が軍を森に誘い込み、伏兵を以て我が軍を撃滅する事にある?」
ミルバの危惧は、実に妥当な物だ。
森に伏兵を隠すのは、古今東西、常識的な戦術と言えるから。
そんな彼に、将軍の一人が声をかけた。
「ですが、索敵の結果、あの森に敵影は確認できなかったとの事。
現時点でも、カイザルの森林に変化はないそうです」
「………」
つまり、敵はやはり逃げているだけ?
森に逃げ込むのは、只の姑息な手段でしかない?
熟考した末、ミルバ・パロは決断する。
「このまま――追撃戦を続行。
一人も敵兵を――生かして帰すな!」
ミルバの檄は正しくメガディスア軍に連動し、メガディスア軍は森へと突撃する。
ただそこで、一つの些細な変化が生まれた。
視界が悪い森に突撃した事でメガディスア軍は、一時的にオーシャ軍を見失ったのだ。
因みに、ミルバ・パロは、確かに優秀な司令官だ。
性格も悪くないが、一つだけ短所めいた物もあった。
彼の功名心は、かなり高い。
上昇志向が高い彼は、この戦も自分が昇進する為の手段だと考えている。
ここで敵兵を殲滅し、大勝をあげれば、ミルバ・パロの名声は一気に高まるだろう。
誰も倒せなかったオーシャ軍を打破したなら、ミルバの立身出世は約束されたも同然だ。
その事を――あの彼女は知っていた。
「ええ。
だから――あなたは兵を引きません。
このまま――勝利を手にしようとする」
逆にそれが何を意味しているか――ミルバ・パロはまだ知らない。
◇
三千もの兵が、カイザルの森林に突っ込む。
一寸した変化が起きたのは、その時だ。
あろう事か、オーシャ軍が縦列陣形のまま、森から飛び出してきた。
オーシャ軍を見失ったメガディスア軍は、その事を知る由もない。
少数であるが為に、オーシャ軍の動きは余りに速い。
メガディスア軍本体を引き離し、弧をかく様に動いたオーシャ軍は、そのまま駆け抜ける。
遂には、オーシャ軍は、メガディスア軍本陣の背後をとっていた。
「――な、にっ?
まさか、敵軍が少数だったのは、この為か――?
少数であればこそ、敵の動きはここまで速い……っ?」
逃げると見せかけ、敵軍の本体を森林の中に誘い込み、姿を晦ます。
敵軍が〝オーシャ軍はまだ森の中に居る〟と思っている間に、森から離脱する。
メガディスア軍の本体は、敵が森の中に居ると信じて疑わないので、直進するだけだ。
結果、メガディスア軍の本体は、メガディスア本陣から引き離される事になる。
ならばオーシャ軍はそのまま迂回して突っ込み、メガディスア軍の本陣を強襲するのみ。
少数でなければなしえないこの奇襲は――確かに成功していた。
「――だが、まだ、甘い。
こちらには――二千もの兵が残されている」
己をそう安心させようとするミルバ・パロは、しかしこのとき敵軍の狙いを知った。
「おああああああああああああああああ―――!」
咆哮めいた声を上げながら、その少年は地を蹴る。
二千もの兵は、自軍の陣地が敵軍に奇襲されたと聴いて、浮足立っていた。
その動揺をつく様に――ヴァザン・ティスカナは駆けたのだ。
「そう、か。
そいう事、か」
今、二千もの兵を動かせば、ヴァザンを封じる手札をメガディスア軍は失う。
だからと言って、本陣の守りも薄くは出来ない。
そうなるとミルバとしては、手を失う事になる。
いや。
既に二千もの兵を動かし、背後の守りを固め様としたメガディスア軍は、悪鬼の自由を許す。
背後からオーシャ軍の奇襲を受け――前方からは一騎当千の化物が迫ったのだ。
その連携は正しく機能して、遂にヴァザンがメガディスアの本陣に突撃する。
「――まさか、こんな事が――っ?」
それがミルバ・パロという少将の――最期の言葉となった。
本陣への挟撃を成功させたヴァザン・ティスカナは――ミルバ・パロを討ち取ったのだ。
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