スキルドロップ ~神と私の二人三脚~

第1話 歯車は突然に動き出す

「……君の漫画には、世界を変える力がある」


開口一番、そう言ったのは、突然部屋に現れたスーツ姿の男だった。

男は柔らかく微笑み、言葉をつづけた。


「だから君に、スキル自信コンフィデンスを与えよう」


そう言って指を鳴らした瞬間、微かな光が彼女の胸元に流れ込んだ——。



……遡ること数時間前。


足元にはあたり一面の白い雲……その上に、違和感しかない無骨なコンクリート構造のビルが立ち並んでいる。


神の国——通称・天界。


創造神のもと、数多の神が日々を目指して働いている。

かつては祀られることが神の存在価値とされていたが、今や時代は変わった。

神々は地上へと降り、人間に「スキル」を与える。

その人間がどんな生き方をし、どれだけの影響を周囲に与えるか——

その成果こそが、神自身のとして天界に加算されていく。

人間界の社会と同じ。

天界もまた、成果主義の波に揉まれていた。



「——昨日、めちゃくちゃエモい漫画見つけてさ。今からスキル付与してくるわ」



朝の通勤ラッシュさながらの神々の流れをかきわけて、若き神・アルフェルが軽快に歩いてくる。

スーツの襟元を指で整えながら、気持ちよさそうに背伸びをした。

その横で歩いていたのは、同僚のベルナスだ。

アルフェルとは対照的で黒髪の落ち着いた雰囲気を醸し出している。

彼は静かな口調で、ふう、とため息をつく。



「……お前、またそんな勢いで。いつも慎重に選べと言ってるだろう」


「またまた、ベルってばお堅いなぁ。でもさ! アレはもう、ベルでも泣く。ホントヤバいから……!」



ベルナスは静かに目を細めた。

この男は、たまに爆発的なヒットを出す。勢いと嗅覚だけで、現場に強い

だからこそ、手綱を握る者がいないと心配だった。



「まあ、せいぜい後悔するなよ。……それと、事前申請はちゃんと通せよな」


「へいへい、その辺は抜かりなく申請済みですよ~。じゃ!」



スマホを軽やかに振って見せると、アルフェルは光の柱に飛び込んでいった。

それは天界から地上へと向かう、神々専用の転送ゲート。

ベルナスはその背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。



「……毎度のことだが、まるで嵐だな」





天界、中央庁舎。


その最奥にある「人間管理局」では、今日も地上の善行・悪行、願い、迷い、才能の兆候といった無数のデータが飛び交っていた。

特に「地上支援課」では、地上の人間の動向を常時観測しており、必要に応じて人間に


“スキルを与えてその影響を観察する”


業務が行われている。

基本的には局が選んだ対象者に決められたスキルを“担当神”が下ろす形式だが、神自身が見つけた人間に対し、スキルを与えることも認められている。

……ただし、許可を得るのはそれなりに骨が折れるのだが。


そんな中。

深夜の執務室。


若手神・アルフェルは、今日もいつものようにPC画面を眺めていた。

検索ウィンドウに浮かぶ、天界特製の監視検索ツール──

godgle(ゴッグル)。


「うーん……“漫画” “エモい” “日本”……っと」


興味ワードを打ち込んでフィルターをかける。


これはあくまで、“スキルを必要とする人間”を探すれっきとした職務であり——

決して、趣味で漫画を読んでいるわけではない。断じて。


検索結果の膨大な候補の中から、一人の女子大生のプロファイルに目が止まる。


「コミュ障か……」


参考資料である彼女の描いた漫画のページをめくるたび、アルフェルの胸の奥はじんわりと熱くなっていく。


「……っっっ、これ……

 涙腺が死……! ずずずずっ!」


とめどなく流れ出す涙に任せて、盛大に鼻をかむ。

繰り返すが、これは決してただの読書ではない。


「やば……ちょ……

 だめだこれ。スキル、与えに行く。

 今すぐに」


顔を真っ赤にしながら転送申請フォームを開き、必要項目を高速入力。

自由記述欄には、たった一言。


『この人間に、自信コンフィデンスを。絶対に必要です。』



かくして、神アルフェルは、一人の人間にスキルを与えるべく、地上へと向かった。


その名は——春野ゆき。


彼女の人生が、静かに、しかし確かに動き出すのは、その数時間後のことだった。

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