第34話 弾正は湖畔で
ひっそりと静まり返った湖畔。地を踏む足音だけが響いていた。雲間が切れると月明かりが開けた木々の間を照らす。
「一つ目入道、いますか?」
弾正であった。すぐ後ろには祠があった。
「お供え物しないと出てこないかな……」
おもむろに祠に足を向ける。果物をいくつか置く。合掌。湖面が波立つ騒がしさをつくり、弾正は再び岸に歩く。
「何の用だ」
一つ目入道が首から上だけを出していた。
「協力してくれるんじゃなかったでしたっけ?」
白蛇のいる場所に登場したことを指摘する。
「だから、言ったではないか。何の用だと。誰も去れなどとは言っておらんだろ」
一つ目入道の口調は面倒臭そうにも聞こえるが、昨日の京であれだけのことをかましたことに引け目を感じている、そんな様子だった。
「そうですか。助かります。では、いくつか質問をさせていただきたい。最近、僕ら以外でこういう夜半にここに来た人間はいますか」
「う~ん」
一つ目入道はその場で腕組みをして考え込んでしまった。思い出そうと夜の空を眺めてみてもどうも記憶がはっきりしない。
「思い出せんなあ」
「オイラ見ましたぜ」
いつの間にか弾正の傍らにムジナが来ていた。一つ目入道がすっかり元通りになったためお礼参りが発生することは皆無になったため、坂上同様に解放されることになったのだ。
「なんだ、知っているのか」
「へえ、どれくらい前かは存じませんがね、人間の女が、そう長木嬢さんと同じ服装の人でしたね。あれはそうさな、人間の時間で言うと…夜明け前だからこんな字の時ですね」
ムジナが地に書いたのは数字であった。
「三時。午前三時か。しかも僕らの高校の女生徒だと…? あとは何か特徴とか覚えていることは?」
「と言われましてもな」
今度はムジナが腕組みをしている。眉を顰(ひそ)め必死に思い出そうとしている。
「やい、思い出さねえか」
湖の主でありながら祠で自由に呪術の施行を許したと思わるにもかかわらず、一つ目入道はまるで強圧的にムジナに詰め寄る。
「まあまあ、これだけでも結構な情報ですよ」
「そうですよ。かん……べん……して……」
ムジナの言葉が途切れ途切れになる。その視線は一つ目入道の頭に向けられている。
「そ! それ!」
ムジナの射す方を見れば、一つ目入道の頭部だった。
「あれがどうしたのか?」
何を言わんとしているのかが分からないので、さらに聞くしかない。
「頭、頭。あんな髪になってました」
よく見てみる。すると一つ目入道の頭部に藻が付着していた。
「あんな髪ってことは、あんな風にウェーブがかっていたということか?」
「ウェーブの意味が分かりやせんが、あんな風にくにゃくにゃしてましたよ」
「ありがとう。一つ目入道も。藻が付いてなかったらムジナが思い出せなかった。感謝する」
と言われても釈然としないのは人間でなくても同じらしく、
「そうかい」
と言っただけで一つ目入道は水中に消えて行った。
弾正は得難い情報を仕入れたと逸る気持ちを抑えながら祠をあとにした。
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