第21話 ミーティング

「いやあ、さすがに女性に淹れてもらうと何だか数倍おいしく感じますね。そう思いませんか?」

 冷たい麦茶を一口すするとそんなことを弾正は言った。お世辞と分かっていても、長木は身体がむずがゆくなるのは、褒められ慣れていないからだった。

「俺には同じに……」

 空気を無視した門野を長木は睨みつける。先程あった柔らかい表情は嘘のようである。その眼光に臆したか

「うまいねえ。さすがだねえ」

 と調子よくそっぽを向いて啜る。

「それでこちらは……確か坂上君だったかな。どうしたのでしょう」

 門野の横に腰かけている坂上に話題が移る。門野がいきさつを簡略化して話した。

「そうですか」

 弾正は自分が知る限りの坂上という生徒を述べた。風紀委員としてほぼ全校生徒は知っているとのことで、坂上の成績やら身長やら体重やらをである。

「ところで、僕たちがしている仕事の内容を知っていますか?」

「《異人》退治ですよね。門野君が格好良くて一緒に仕事したくて」

「う~ん。意気込みは買いますが、僕に決定権はないんですよ。承認をもらわないことには正式加入とはなりませんからね」

「誰の承認ですか?」

「市長の」

「でも、まあ協力ということではいかがですか。それによって適応を見て報告書を上げて市長に判断してもらう。というのは」

「研修期間……てとこですか」

「そんな感じですかね」

 というわけで、坂上戊戌の仮入会が決まった。

「ところで、今日呼び出されたのは?」

 本題である。昼休みにここに集まったのは、坂上がメインではなかった。

「今晩の巡回の件です。今日は二手に分かれて行うということを…」

 本日の業務内容が告げられて、昼休み終了前に散会となった。委員会室を出て、門野、長木、坂上が歩く。

「あ、私、弾正さんに聞きたいことがあったんだ」

 思い出したかのように長木が止まった。

「なんだよ。晩に会うんだから、そん時聞けばいいだろ」

「そうなんだけど。仕事にかかわることだから、その前に聞いておこうと思ってたの。なんで忘れてたのかしら」

「んじゃ、聞いて来いよ。俺ら先に行ってるぞ」

「ええ。じゃ」

 門野と坂上の背中から目を逸らし、委員会室へ取って返した。そこにはぼんやりと窓外を眺める弾正がおり、

「どうしました?」

 驚く様子もなく、長木を見た。

「ちょっといいですか」

 ドアを閉める。長木の額から一筋の汗が流れる。

「坂上って人のことですけど」

「なるほど。それですか」

 着席を促す仕草をする。

「僕も気にならないわけではありません。長木さんには何が見えていますか」

「いえ、見えないんです」

「というのは?」

「普通の生徒らしい、その……」

「そうですか」

 長木の言葉を汲んでいるのか、遮って鞄からタブレットを取出し起動させた。手慣れた感じで操作し、長木に画面を見せる。

「どこにでもいる普通の生徒のはずです」

 そこには坂上の個人データが詳細に記載されていた。学歴はもちろんのこと趣味嗜好、恐らく本人も忘れているような記録まで。どこでそれらを収集したのかという疑問よりも長木は、普通の生徒のはずが、自分にはそうは見えないことの矛盾に頭を悩ませていた。

「彼が門野君に興味を持っているとしたら、なぜ今なのでしょう。それにこの業務で来るならあのプリントの字が見えてなければなりません。その話もなかった。それに」

 弾正は個人データのある個所に指をさした。

「これは…」

「昨日の一件の近くが彼の住所です」

「偶然……でないとすると。門野が!」

 身を返して部屋を出て行こうとする長木を弾正は一言で制止させる。

「大丈夫です。校内には至る所に僕が術を施してあります。一種の結界の中にいると言ってもいい。ここで大それたことはできませんよ。それにまだ未明なことです。僕らが考え過ぎで彼は本当に純粋に門野君にあこがれを抱いているだけかもしれません」

「でも、十分怪しいですよ」

「ええ、でもね。証拠が出るまでは思い込みは持ってはいけませんよ」

「はい。じゃ、今晩の巡回はどうしますか。二手にって門野と坂上を一緒にするってのは……」

「考えておきますよ」

 ここは弾正の言うと通り任せておくしないと、長木が納得を表す。

「それにしても」

「はい?」

「ずいぶん門野君のことを心配しているんですね」

「そ! そんなことありませんよ! ただ、私は坂上がどうも普通に見えないと思っただけでして」

「そうですね」

「もう! 行きます! 弾正さんて、見かけによらずSですね!」

 勢いよくドアを閉めて長木は出て行った。

「おやおや怒らせちゃいましたね」

 再び窓外に目を移す弾正は続けて言葉を吐いた。

「パズルのピースが出始めた……かな……」

 片付けたしめ縄を取出し、弾正はしばらく見つめた。

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