Get Greedy!!

ビーデシオン

本文(一話完結)

 入学式後のサークル勧誘なんてなかった。食堂で誰かと相席になることなんてなかった。せめて授業後の雑談くらいはと思っていたけど、そもそも講義室に集うことがなかった。


 高校が通信制だったから、事の重大さを理解できていなかったのかもしれない。他の皆は、新型のウイルスが学校行事を消してしまうと知っていたから、別の手段を探すことにしたんだろう。


「だったら……俺もそうしてやろうじゃねぇか」


 大学三年の春。勇気を奮い立たせつつ、学生課の事務室へと踏み入る。


「すいません。サークル設立の相談がしたいんですけど」

「あ、はい。じゃあどうぞ」


 瞬間、カウンター上に勢い良く添えられるA4。

 思わず固まる視界の中に、一本のボールペンが転がり込んだ。


「あのこれ、なんですか」

「サークル設立の申請書です。必要事項を記入した上で、顧問となる教員に判子を貰ってきてください」

「必要事項って……?」

「申請書に記載の通りです」


 そう言ってカウンターを離れようとする事務員さん。

 慌てて身振りで引き留めつつ、次に言うべき言葉をひねり出す。


「あの、まだ内容とかは決まってなくて!」

「はあ。そうですか」

「そうですかって……俺、真剣なんですよ!?」

「では、真剣に内容を考えてからまた来てください」


 事務員はそう言い残し、ボールペンを回収して席に戻っていく。

 この様子では、到底相談などできそうにない。


***


 自宅にて、活動内容について考えてみるが、どうにもパッとしたものが思いつかない。

 軽音、サッカー、テニスにバスケにボランティア、その辺りを実際やってみたらと考えてみるが、どうにも気が乗らないのだ。


「人と一緒に何か……やったことなんて……」


 そう思って室内を見渡してみれば、安物のプリンターのすぐ横に、薄汚いゲーミングノートパソコンが見えた。授業用のPCと違って、どう考えても携帯性に難があり、真っ黒で鋭角を基調としたフォルムが洒落臭い、中学二年生が好きそうな外装。

 実際のところ、アレを買ったのは中学生の頃だったか。


「……懐かしいな」


 何とも言えない感傷を覚えて、大学一年の夏以来、一度も起動していなかったPCのケーブルを繋ぎ、モニター下に付いた電源ボタンを押してみる。


 キーボードを色とりどりに発光させながら十数分の間表示され続けたシステム更新を抜けると、懐かしい画面が表示された。デスクトップ下のタスクバーには、通話アプリのアイコンがある。


「アイツなら……少なくともなんかは言ってくれるかもしれない」


 一縷の望みにかけてアプリを立ち上げ、フレンド欄を覗いてみるとそこには、ひどく小さい枠の中に、筆文字で工事中と書かれたアイコンがあった。


***


「……なんの用や」


 数回のコールの後、オンライン授業受講用のヘッドセットから聞こえたのは、記憶の中よりずいぶんとしゃがれて、それでも確かな面影を感じる関西弁だった。


「えっと……久しぶり。俺のこと覚えてるか?」

「お前みたいなド級のボケナス、忘れろ言う方が難しいわ」

「そっか……ごめん」


 反射的に謝ったら、そこで会話が途切れてしまう。一時期は毎日話し込んでいたはずなのに、どうにも調子が取り戻せない。


「あー、それで、なんやいきなり。金貸せ言うても無駄やぞ」

「言うわけないだろ、お前に」

「今俺のこと貧乏人って言うたか?」

「違うのか?」

「馬鹿にすんな。マイバイクも買うたって言うたやろ」

「ああ」


 言われて思い返してみれば、丁度一年の夏休み直前に、そんな会話をした気がする。


「懐かしいな」

「ああ、お前が癇癪起こして消えてから、もう三年目や」

「癇癪って……あれは喧嘩だろ」

「いーやお前の癇癪や。なんやねん勝手に病んで消えよって、喧嘩なら最後まで戦えや」


 耳が痛い。何か言い返してやりたいが、概ね彼の方が正しく思えた。


「あの時は……ごめん」

「ほーん……? なんや、今日はずいぶん素直やな」

「喧嘩腰よりは、よっぽどいいだろ?」

「ハッ! 言うやないか」

「まあな」


 話しているうちに昔の感覚を取り戻せてきた。

 思えばこいつとはお互いに忌憚なく、荒っぽい会話をしていたような気がする。


「実は俺、サークル作ろうと思ってさ」

「はぁ? お前が?」

「別にいいだろ。俺だって青春したいんだよ」


 俺がそう言い切った瞬間、ヘッドセット越しに凄まじいノイズが聞こえた。その後もブツブツ聞こえてくる辺り、向こうの笑い声がアプリに抑制されているらしい。


「おま、お前が青春て! だ――ださっ! ―――引きこもり――コミュ障が――!」

「何言ってんのか聞こえねえんだよハキハキ喋れ!」

「――――!! あーおもろ。俺の負けや。GG」

「グッドゲーム、対戦ありがとうございました。じゃないんだわ」

「ギャハ――!!」


 流石に鬱陶しくなってくるほど笑い散らかされているが、俺の思いは至って真剣だ。これ以上ツボを突かないように気を付けつつ、本題に入ることとする。


「それで、サークル作ってなにするつもりやねん」

「作ったら、友達とかできるかもだろ」

「はあ。それで、内容は?」

「それを相談しに来た」

「なんでやねん。せめてまず原案考えろや」


 ムカつく言い方だが、全くもって正論だ。


「じゃあ……旅行とか」

「そんな金あるんか」

「ぐっ……だったらゲームとか」

「流行りのゲームわかるんか?」

「……サッカーサークル」

「お前体育評定『不可』やん」

「じゃ、じゃあお花見」

「四月限定過ぎるやろ」

「ぐぐぐ……!」


 次から次へと却下され、感情がぐちゃぐちゃになっていく。


「じゃあ何ならいいんだよ!」

「もっとガツンと来るやつや! もっと青春できるやつ!」

「青春ってなんだよ!!」

「さっきお前が言ったんやろがい!!」


 感情がみるみるうちにヒートアップしていく。

 何か言い返さないと気が済まないのに、返す言葉が出てこない。


「第一なぁ! じゃあコレじゃあアレってそんなブレブレやからダメやねん! へなへなナヨナヨしてないで、もっと自分の心強く持てや!」


 その間にも口撃は続いていく。

 ヘッドセット越しの一言一言が俺の心を貫いていく。


「連絡ぶつ切って三年間、ダラダラ時間無駄にしただけか? 大学まで行っといて、成人しといてその程度か!?」


 元からない自己肯定感が、みるみるうちに削られていく。

 頭の中が、鬱屈とした熱で満たされていく。


「もっと欲張れや底辺被食者が! 弱み晒して受け身でおって、それで助けてもらえると思うなよ!!」


 やがて、なけなしの自尊心に限界が来た。


「うるせぇよ……」

「はあ?」

「うるせぇよ薄汚ねぇハゲワシ野郎が! お前に俺の何がわかんだよ!!」


 心の内を吐き出しながら、右手をマウスの上に伸ばす。

 カーソルを移動して、切断ボタンへ重ね合わせる。


「そんなんわかるかい!! 第一お前と違って俺は――――」


 そして、俺はボタン押した。

 ブツンと通話切断音が鳴って、工事中のアイコンだけが目障りに残る。


 あまりにも目障りだ。

 こんなものは、二度と見えなくなった方がいい。


***


 それからの数日は、完全に抜け殻の状態で過ごした。

 課題も授業もバイトも放置。暗い部屋で寝てまた起きて、スマホを眺めてまた眠る。


「もう、いやだ」


 食事も買い出しも面倒になって立ち尽くしていたら、シンクに投げされた包丁が目に入った。

 ――その時だった。


『ピンポーン』


 ノイズ交じりの電子音。

 少しだけ悩んで、考えるのが面倒になった。どこの誰だか知らないが、早いところ帰ってもらおうと思い、玄関へ向かう。


「――さんですね?」


 扉を開けると、フルフェイスヘルメットの男が居た。

 バイカースーツの彼が口にしたのは、俺の本名だった。


「そうですけど」


 一瞬、郵便か配達かと思って素直に答えてから気付く。

 配達って、こんなんだっけ。


「――――!」


 籠った声は上手く聞き取れなかったが、身体が持ち上がったのはわかった。どうやら胸倉を掴まれたらしい。多分、強盗ってやつだろう。


「……何でも持ってけよ」


 大した抵抗も無しに、投げやりに答える。


「金でも食料でも他のモンでも、何でも持っていい。人殺したいなら包丁だってある。シンクの中に置いてあるから――」


 もはや、こいつが何者でもいい。どうでもいい。そう思って、相手の返答を待っていると、胸元の拘束が緩んだのがわかった。


「ふざけとんとちゃうぞボケェ!!」


 返事はソレと拳骨だった。

 頬を横向きに殴りつけられて、崩れ落ちたところをまた捕まれる。


「もっと欲張れっつったやろ! なに無抵抗で差しだそうとしてんねん!」


 感情の籠った関西弁と、そのイントネーションでようやくわかった。


「お前、まさか」

「そのまさかや。今度は一週間ぶりやな」


 ヘルメットを脱いだ声色は、やはり通話越しとは違っていたけれど、それは確かに聞き覚えのある、しゃがれた声だった。


「なんでここに……」

「上司に言って休暇貰って、それからバイクで飛ばしてきた。フレンド消してもチャットログは残るからな。個人情報残し過ぎやねんマヌケ」


 なるほど、それで住所やら何やら特定したわけか――なんて考えたのも束の間、外からけたたましいサイレンが聞こえて、丁度アパートの前で止まったのがわかった。


「チッ、早いな」

「はあ!? お前なんで」

「事務室乗り込んで、職員脅して、お前の住所聞き出したからな」


 玄関扉を強く締めつつ、そっけなく答えるその声に、呆れて物も言えなくなってしまう。


「なんで、そこまでして……」


 俺がなんとかそう呟くと、ソイツは待ってましたとばかりにこちらを見据えて語り始めた。


「コロナで大学受験行けんで、ずっと肉体労働で、それでもお前は大学行って、エンジョイしてんねんやろと思ってた。でも調べてみたら違うんやな。このコロナ渦の中で大学生は……俺よりずっと苦しい思いしてたんやな?」


 言葉を耳に入れるにつれ、意味不明に視界がにじんで、顔が見えなくなってしまう。それでも差し出された右手が見える。薄汚れたレザーグローブが見える。


「やから決めてん。俺がお前に、大学生の青春掴ませたる」


 その手は俺の前に差し出されたまま、少し震えながら何かを待っている。俺に返答を求めている。


「俺より……現場の方が大変に決まってるだろ」

「ええねんそんなん、比べんで」

「青春って、具体的にどうすんだよ……」

「知らん。方法なんてどうでもええ」

「警察まで呼んで、どうすんだよ……!」

「それも今から考えるわ!」


 そう言う顔がかっこつけで、異様にムカついてしまったから。


 俺はすぐさま踵を返して、テーブルの引き出しを乱暴に開けた。

 それから固まるマヌケ面に向けて、取り出したモノを見せつける。


 一年目の夏。大喧嘩した時の憤りに任せて、バイト代全部で買ったキーを見せつける。


「裏に俺のが停めてある。譲ってやるから、お前のよこせ」


 お前のバイクは俺が隙見て取って来てやるから。

 そんな意図がこのバカに伝わるかどうかは知らないが……


「ハッ……GG。ホンマお前にはかなわんわ」


 お互いに投げたキーが交差し、パシンと音を立てて握られる。

 その音がきっと、俺たちの青春をリスタートさせる合図になる。


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