家にダンジョンができたと思ったら、魔王の娘がいた

あきね

部屋に大きな穴が開いた

 20XX年、地球にダンジョンが出現してから社会は大きく変わった。ダンジョン資源によってエネルギー問題は解決し、ダンジョン保有数によって国力を計るようになった。

 けど、僕の生活はダンジョンがあってもなくても変わらなかったと思う。

 

 僕は平日の昼間からカーテンを閉め切りベッドに腰かけ、分厚いゲーミングノートPCを開いてダンジョン配信を見ていた。


『皆さんこんにちは、アヤカです! 今日も渋谷ダンジョンの攻略をしていきます!』


 画面に映るのは人気ダンジョン配信者・月城彩花。

 現役高校生ながらダンジョン配信者として活躍する彼女は、僕の幼馴染だ。

 ……彩花はすごいなあ、それに対して僕――相沢悠真は、半年この部屋から出ていない。


 その瞬間、床がぐにゃりと曲がった。

 僕の部屋に楕円形の大きな黒い渦が現れ、僕はベッドごと吸い込まれていく。


「うわあああ!」


 慌てて頭を守り、目を瞑って、転がるように落ちる。

 目を開いたら、石造りの通路が広がっていた。

 そこは、ダンジョンだった。


 ダンジョンについて少し調査することにした。自分の部屋から出るなんてありえないことだけど、この中から魔物とか出てきたらヤバい。

 通報するべき? 引きこもりにできるわけないだろ。

 

 僕の部屋のベッドがあったあたりに大きな穴が開いている。そこから石の階段がつながっていて、通路になっている。建築基準法とかガン無視だけど、ダンジョン内は異空間になっているらしい。

 とても広いが、見える限り一本道だ。壁にはたいまつがかけられており、燃え尽きる様子はない。


 僕はゆっくり、警戒しながら歩く。手には木刀、引きこもる前修学旅行で買ったやつだ。ないよりはまし。

 ひたすら歩く。一本道だが無駄に長いのだ。


「……引きこもりには、きつい」


 そうしてたどり着いたのは、大きな両開きの扉。

 配信で見たことがある。ボス部屋だ。


「……見るだけ、見たら帰るから……」


 そおっと扉を押して中を覗く。

 中に見えるのは人型の影。


「なんじゃ、来客かの?」


 部屋の中から声が聞こえる。

 ……人型の魔物――『魔族』は、強い。きっと、今すぐ逃げ出すべきだ。

 けど……僕は、その声に惹かれて、扉の中に入ってしまう。


 ボスの姿は、まるで少女のようだった。陶磁のような白い肌に、華奢な脚、黒いドレスを身にまとって、揺らぐ銀髪から2対の角が生えている。深紅の瞳でこちらを見て、僕も目を離すことが出来ない。


「きれいだ……」


 思わず声が漏れてしまった。


「ははは、当たり前じゃろ。妾はアスタロト、今代魔王の娘じゃ」


 恐怖でひゅっと喉が鳴る。

 このダンジョンは、何故か最強クラスのボスがいる!


 ――ゲームでもよくある、始まりの街から反対に行くと裏ボスのいる部屋があるだけのダンジョン。このダンジョンは、そのたぐいだ。


「どうしたのじゃ? 固まってしもうた」

「お、おおお、お、おま、お前は」

「はは、滑稽じゃ。声が震えておる」

「な、なんで、こんなところに……!」

「父に任命されたのじゃ。地球侵略の為に働けとな。妾は面倒くさいのじゃが……」


 人間離れした深紅の瞳が僕を射抜く。


「ぼ、僕も……殺される……?」

「……いや。それも退屈じゃ。のう、そなた。妾の話し相手になるがよい」

「え?」


 驚いて目を瞬く僕にアスタロトは小さく笑った。


 それから、僕の日常は一人じゃなくなった。

 ベッドの下に隠した入り口から、ダンジョンに入り、アスタロトに会いに行く。

 すると、彼女はいつも「遅い!」と頬を膨らませ怒る。


「……そなた、臭いのじゃ。風呂には入っておるか?」

「……昨日入ったよ」

「嘘じゃ、妾はごまかせぬ。もう三日入っておらぬだろう」


 仕方ないじゃないか、引きこもりなんだし。


「これを使って、そなたを洗う」

「それは何?」

「服だけ溶かすスライムじゃ。垢もとってくれよう」


 抗議する間もなく、スライムは僕の身体にまとわりつき、衣服が解けていく。


「おぼぼぼぼぼぼぼぼ(なんでこんな目に……)」

「ははは、いい余興じゃ、おもしろいのう!」

「おぼぼぼ、ぼぼぼぼ(楽しんでやがる……)」


 アスタロトは流行にも興味を示す。


「地球では、『ハイシン』というものが流行っておるのだろう?」

「うん……見る?」


 僕はダンジョンにノートPCを持ちこみ、配信サイトを開く。


「あ……彩花……」


 おすすめ欄に彩花のチャンネルが映ったので、僕はそれをクリックする。

 

『アヤカです! 今日はシモキタダンジョンに潜ってみようと思います! 』


 アスタロトは僕の隣に座り、体を寄せてPCをのぞき込む。

 ……アスタロトの角が当たって痛い。


「むむ……かわいいの。そなたはこのような女子おなごが好みなのか?」

「い、いや、彩花はただの幼馴染で……!」

「……ほんとかの。この女子はいわゆる『ぼんっきゅっぼん』じゃ。そなたも健全な男子ということかの」

「ほ、ほんとにそんなんじゃ……」

「ふんっ、もういい、その板の光を消すのじゃ」


 ……配信はお気に召さなかったようだ。


 ――しかし、そんな日常はそう長く続かない。

 ある日、いつものようにダンジョンに潜ると、アスタロトは深刻な面持ちで待っていた。


「聞け。このダンジョンは閉鎖されることになった」

「……え、なんで」

「採算がとれぬからじゃ。妾はもっと大きなダンジョンのボスに任命された」


 そんなこと、信じたくなかった。

 僕の中で、アスタロトの存在は存外大きくなっていた。引きこもりの僕にとって、ここだけが、誰かとつながることが出来た。


「……行かないでよ」

「無理じゃ」

「じゃあ、もう会えないってことかよ……」

「いや、そうではない」


 彼女は赤い瞳で僕を見つめる。


「……そなたが、妾に会いに来い。妾は『渋谷ダンジョン』の最奥で待っておる」


 微笑みながら僕の頭を撫でる。


「そんな、無理だよ……。渋谷ダンジョンは、まだ誰にも攻略されてない……ただの引きこもりには、荷が重すぎる……」

「そういうと思っての、提案がある……。そなた、妾の眷属になれ」

「眷属?」

 

 僕が彼女を見上げると、赤く光る瞳が魔力を渦巻きながら熱を帯びていく。


「そうじゃ、眷属になれ! 妾と一生途絶えることのない契りを誓うのじゃ!」


 ……どうせ、僕はこのまま生きても引きニートになって誰にも知られずに死ぬだけだ。

 なら、魔族の眷属になったところで、なんだ。

 アスタロトにもう一度会える確率が上がるなら、魔の道に堕ちたっていい!

 それに……アスタロトとつながれるって、何かうれしい。

 

「……なるよ、僕、眷属に!」

「はは、よくぞ言った! 妾とともに永遠の時を過ごそうぞ!」

「ああ! やってやる! 絶対にアスタロトのとこへ会いに行って、また一緒に過ごしてやる!」


 そう言って、アスタロトは眷属化魔法を使う。


「魔王の娘、アスタロトが命じる――わが血を受け、名を胸に刻め。そなたの魂は縛られ、眷属なりて、永劫に妾の暇つぶし要員になれ!」


 アスタロトはそう言って、僕に顔を寄せ――口づけをした。

 柔らかな唇が触れ合った途端、視界がぐらりと揺らぐ。……魔力が流れ込んでくる。


「耐えよ、急な魔力の増加によって肉体が変化している。……しかし、そなたなら耐えられるはずじゃ」


 目の前が赤く染まっていく。彼女は僕を抱え、座り、頭を太ももに乗せる……膝枕だ。

 

「……起きたら、妾はいないじゃろう。――待っておるぞ、悠真」


 僕は最後まで彼女の姿を目に焼き付けておきたくて目を開く努力をするけど、少しずつ意識から途絶えていくのだった。


 目が覚めたら、そこはダンジョンではなく僕の部屋だった。

 時間を確かめるために、体を起こす……なんだか、体に違和感がある。

 

「ん……なんだ、これ……声が、高い……」


 間違いなく僕の喉から出ているのに、いつもより高い。まるで女の子の声……。

 体も、いつより身長が低い。首元にさらりと当たる感触……これは、髪だ。アスタロトのように、長くて綺麗な銀髪。


 ……いや、まさかな。

 僕は、姿見の前に立つ。嫌な予感は当たっていた。

 そこには、美少女がいた。魔族のような赤い目が、僕を見ている。

 そういえば――


 『急な魔力の増加によって肉体が変化している』


 ……僕は、アスタロトの魔力を取り込んだ。だから、姿も似たようになった。

 いや、それは説明してくれ! まさか、まさか、もしかして、男としての尊厳も……!


 「ない」


 股間をまさぐっても、そこにあるはずの感触はなかった。


「なんでええええええええええええ!」


 やはり、アスタロトに会いに行かなければ、体を戻してもらうために!!


――――――


 完

 

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 短編として完結です――(続きがなかなか思いつかないので)

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