第11話 王都への召喚

 王国からの、正式な召喚状。


 その言葉の響きとは裏腹に、俺の心は冷え切っていた。


 国に仕える勇者に裏切られ、捨てられた俺に、今さら国のために力を使えと言うのか。


「――断る」


 俺は、間髪入れずに即答した。


 ギルドマスターが「お、おい、カイ!」と慌てた声を上げるが、俺は構わず宰相補佐官バルドを真っ直ぐに見据える。


「俺は、あんたたちが言う『新たなる脅威』とやらに興味はない。俺たちのことは、放っておいてもらいたい」

「カイ……」


 隣で、セレスティアが心配そうに俺の名を呼ぶ。だが、彼女は俺の言葉を制止しようとはしなかった。俺の決断を、尊重してくれるつもりなのだろう。


 俺の明確な拒絶に対し、バルド補佐官は眉一つ動かさなかった。まるで、その反応を予測していたかのように、冷静に言葉を続ける。


「よかろう。だが、取引をする気はないかね?」

「取引?」

「君たちが召喚に応じるのなら、相応の報酬を約束しよう。望むだけの金か? あるいは、貴族の爵位でもいい」


 金にも地位にも興味はない。俺が首を横に振ると、バルドは「ふむ」と顎に手をやり、そして切り札を切るように言った。


「では、『情報』ではいかがかな? 例えば……その魔剣、『夜啼きの魔剣』にまつわる、古代文献の情報だ」


 その言葉に、俺とセレスティアは同時に息を呑んだ。


「……なぜ、その名を」

「国家の情報網を侮ってもらっては困る。王家の禁書庫には、大陸中のあらゆる伝承や呪いに関する文献が保管されている。その中には、君たちの求める答えがあるやもしれんぞ」


 それは、あまりに魅力的な提案だった。


 セレスティアの呪いを解く手がかり。俺が、彼女のために探し求めると決めたもの。


 バルドは、俺の葛藤を見透かすように、静かに続けた。


「もちろん、強制はせん。だが、よく考えることだ。君たち二人だけの力で、その呪いの根源に辿り着くのに、あと何十年かかるかな?」


 卑劣なやり方だと思った。だが、彼の言う通りだった。


 俺は、隣に立つセレスティアに視線を送る。彼女は、ただ静かに俺を見つめ返してきた。その赤い瞳が、「お前の好きにしろ」と語っている。


 俺が決めるのか。俺が、彼女の未来を。


 そうだ、もう俺は、誰かに流されるだけの存在じゃない。


「……分かった」


 俺は、覚悟を決めて口を開いた。


「召喚に応じよう。その代わり、禁書庫の文献は、いつでも閲覧できると約束してもらいたい」

「よろしい。話が早くて助かる」


 バルドは、満足げに頷いた。


 こうして、俺たちは王都へ向かうことが決まった。誰かに強制されたわけではない。セレスティアの呪いを解くという、俺自身の目的のために、俺が選んだ道だ。


 二日後。


 俺たちは、アパートを引き払い、全ての荷物をまとめると、最後にギルドマスターへ挨拶に向かった。


「……そうか、行くのか」


 ギルドマスターは、寂しそうな顔をしながらも、力強く俺の肩を叩いた。


「気をつけて行け。王都は、魔物より厄介な連中がうようよしているからな。だが……お前たちなら、どこへ行っても大丈夫だろう」


 その言葉に背中を押され、俺たちは街の門へと向かう。


 そこには、王家の紋章が刻まれた、豪華な四頭立ての馬車が停まっていた。


 乗り込んだ馬車が、ゆっくりと動き出す。


 窓の外で、一ヶ月という短い間だったが、俺たちを受け入れてくれた街、ゼーブルクの景色が遠ざかっていく。


「王都なんて、息が詰まりそうな場所だな」

「お前がいれば、どこでも同じだ」


 セレスティアが、こともなげに言う。その言葉だけで、俺の心は不思議と軽くなった。


 馬車にはバルド補佐官も同乗しており、彼は道中、俺たちを待ち受ける『新たなる脅威』について、断片的な情報を教えてくれた。


「最近、北の国境地帯で、オークやオーガといった魔物の活動が、異常なほど活発化している。その背後には、これまで確認されていなかった、高度な知能を持つ未知の魔族の存在が噂されている」


 未知の魔族。


 勇者パーティーが相手にしていたような、ありふれた魔物とは訳が違うらしい。


 数日間の旅路の果て。


 馬車の窓の外に広がる景色が、大きく変わった。


 地平線の彼方に、巨大な白い壁が見えてくる。


「……あれが」


 壁の内側には、天を突くような無数の尖塔と、壮麗な城がそびえ立っていた。


 これまで俺たちがいたどの街よりも大きく、荘厳な都市。


「あれが、王都『セントラリア』だ」


 バルド補佐官の言葉に、俺とセレスティアは息を呑む。


 俺たちの新たな戦いの舞台が、今、その巨大な姿を現した。

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